都市のなかを逃げ回るザーヴィッツの姿や位置は、NSAの情報監視システムによってほぼ完全に捕捉されていた。現代社会の情報システムは、同時に、市民の生活を監視し封じ込める政治装置に早変わりしうるからだ。
たとえば街頭に設置されている防犯カメラ。これは、法制度上は警察や情報当局とは別の独立した法人や団体が設置運営・管理している。だが、法律上の手続きさえ経れば容易に警察や司法当局に供与され、そのの犯罪捜査の証拠資料ととして利用される。
だが、この映画ではNSA=軍情報当局は、司法上の手続きを経由せずに、直接に町中の監視カメラを統制下に置くことができた。というのは、監視カメラを管理するホストコンピュータやサーヴァーなどは、ほかの端末機とケイブルで連結されているからだ。つまりは、LANや端末機のいくつかは外部のネットワークと結びついている。
もちろん、それぞれの情報システムは外部からの侵入や介入を阻止するエンコーディングが施してある。だが、このエンコーディングを解読したり解除できれば、外部からの侵入は可能になる。
というわけで、NSAは軍の監視衛星や航空機などによる監視システムはもちろん、一般市民社会のITシステムをも手足のように統制・駆使して、その政治的目的を遂行しているわけだ。
あの便利なカーナヴィゲイション・システムは、まさに軍事システムそのものの「民間転用」であって、軍事衛星による地表監視システムとしてのGPSにもとづいている。
もともとは、制御システムに登録された目標物を、その登録コードに応じて軍事監視衛星が追跡捕捉して、戦場や作戦地域で位置を確定するシステムである。
この本来のシステムは、中東のクウェイト解放の湾岸戦争やイラク戦争で活躍した。たとえば、アメリカ軍のA1エイブラムズ戦車をはじめとする軍用車両は、常にその位置と作戦活動の状況についての情報が、作戦司令部とペンタゴンに送られていた。
そして、司令部からはもちろん、上空を飛ぶ偵察機や宇宙衛星から、砲撃目標についての情報(位置・大きさ、数量など)が、地上の戦車などの軍用車両に大量にかつ即時に送信されていた。砂漠の丘陵の陰や遮蔽物に身を潜めていた敵軍の戦車や攻撃兵器も、正確に位置や規模を把握されていた。
GPSに把握された敵の位置に向かって、A1戦車は滑腔砲弾を発射した。滑腔砲弾は、高性能のコンピュータを内蔵していて、発射後も方向を変えたりして、プロットされた目標物が移動しても、ほぼ正確に命中する。衛星や偵察機は、戦車などともに戦場でのインターネット・システムを構成していて、このプロット情報を主砲と砲弾のコンピュータにインプットするのだ。
戦車兵は、射撃支援コンピュータと砲弾コンピュータのオペレイターでもある。
カーナヴィは、こうしたシステムをごく単純化したものだ。だから、容易に全地球的規模での軍事的・政治的監視システムに取り込まれうる。もとより、街頭の監視カメラもまた、ケイブルやLANを中継する装置に何らかの手を加えれば、軍や行政当局の統制下に容易に組み込まれうる。もちろん、これは理論上の可能性にすぎないが。
便利なIT社会は、依存するITメカニズムそのものの性格によって、市民たちの意識や意図にはかかわりなく、巨大な統制システムの支配に取り込まれやすいことも事実だ。