さて、その頃、地表から数百キロメートル上空の宇宙空間を飛ぶ有人気象観測衛星の乗組員たちは、海面温度の上昇が大規模な気象変動をもたらし始めた事実を観測していた。
温暖化によって大気中に供給される熱エネルギーが増加したために、蓄積した熱エネルギーによって上昇気流の規模が巨大化し、対流・大気循環のスケイルが一挙に巨大化してしまったのだ。西太平洋のタイフーンや西大西洋のハリケイン、インド洋のサイクロンなどの大嵐――積乱雲の渦巻き――の直径と高さが拡大し、沸き上がり渦巻く雲がどんどん巨大化していた。渦巻く雲の直径は数千キロメートルを超え、雲の高さも厚みも桁違いに大きくなっていた。
気象観測衛星の乗組員たちは、恐ろしい力を持つ低気圧が、北アメリカ大陸の3分の1から半分を覆い尽くすような雲の渦を生み出している経過を観測していた。
激しい雷雨が地上に襲いかかろうとしていた。だが、さらに、海洋上の超低気圧は海面を持ち上げ、そこに強烈な風が吹きまくった。
すると、超巨大地震がもたらす津波と同じような規模の高潮・高波が発生した。海面を押す大気の圧力が急速に小さくなったために、海面がものすごく上昇したところに強風を受けて巨大な波となって沿岸部に襲いかかった。
それは、津波と呼ぶにふさわしいものだった。波の高さは数十メートル、1つの波の振幅は数百キロメートル以上におよぶものだった。
■サムの冒険の始まり■
その巨大な積乱雲群の乱気流の渦中で四苦八苦しながら航空する旅客機があった。
旅客機には、古気象学者ジャックの息子サムが乗っていた。サムは高校のサークルの仲間たちとニュウヨークをめざしていた。
サムが所属するクラブが空路ニュウヨークに向かっているのは、アカデミック・コンペティション――高校生ティームがクイズ形式で学科の知識の深さや広さ、正確さを競い合う競技会――の大会に臨むためだった。
サムはじつのところ、このゲイムにさして深い興味を抱いているわけではなかったが、そのクラブにローラという憧れの女子高生がいて、彼女に接近スするために入会したのだった。
サムは飛び抜けた数学の才能を持っているが、高校の数学教師とはそりが合わずに悩んでいた。好きな科目の授業が辛くなった。だが、そんなおり、アカデミック・コンペティション・クラブで数学や物理が得意で電子機器フリークのブライアンと出会って、親友となった。
サムは、ローラとブライアンの3人でニュウヨークに乗り込もうとしていた。
だが、巨大な積乱雲に突入してしまった飛行機は、乱流に翻弄されていた。サムは体を硬直させ、隣の席のローラの手を握り締めて恐怖に耐えていた。
それが、サムの冒険の始まりだった。
■気象カタストロフ■
大会は成功裏に終わったが、そのあとに大混乱が待っていた。なにしろ、北アメリカ全体、いや全地球的規模での気象カタストロフ――気象変動による大災害――が始まっていたのだ。
太平洋の中央部で発生したタイフーンがオーストラリアを襲って、大災害をもたらした。一方、日本では季節外れの大嵐が発生して、東京に拳大以上の大きさの雹を降らせ、多数の死傷者を出した。インドのニュウデリーは吹雪に襲われていた。
一方、北極圏で発生した極寒大嵐がカナダに上陸して北アメリカ大陸を南下しつつあった。
世界的規模で同時に一挙に発生した異常気象に対応するため、首都ワシントンではNOAA (連邦海洋大気気象管理局: National Ocean
and Atmospherric Administration )が連邦中から有力な気象学者・研究者を集めて緊急の対策会議を開催した。大統領府からの要請を受けて。そこには、ジャック・ホールも参加していた。
ところで、西海岸のカリフォーニア州ロスアンジェルスでは、恐ろしい異変が起ころうとしていた。
ロスの気象センターは、何と「竜巻警報」を出そうとしていた。太平洋の沖合からやって来たスーパーストームが上陸しそうだったからだ。直径千キロメートルにおよぶ大積乱雲の渦巻きが襲いかかり始めた。ロスの北側では雹に襲われていた。
ロスのテレヴィ局は、市街でいくつも発生した巨大な竜巻の脅威の映像を放映していた。F−5を超える強度の竜巻が同時に発生したのだ。竜巻は高層ビルを破壊し、バスや大型自動車を巻き上げながら、市街地を攻略・破壊していった。
竜巻は合体して直径数百メートルを超える渦巻きになった。
無数の物体を巻き上げた空気の渦巻きは、建物や道路、そして路上の人びとに襲いかかり、暴虐の限りを尽くしていた。西海岸の大都市、ロスアンジェルスは破壊され、都市機能を喪失していった。
さて、NOAAの緊急会議で、ジャックはスコットランドのテリー・ラプスンから寄せられた情報を報告していた。そこには、北極の氷がほぼ完全に融解して真水が北極海全域に広がったために、海水の塩分濃度が異常低下した。そのために海流の仕組みがすっかり変化してしまった(表層海流と深層海流の構造が変化したため)はずだ、という仮説が示されていた。
その結果、ひとまず北極圏にはものすごく強い寒気が蓄積され、次いで大陸に沿って南下する海流が強烈な寒気を運ぶことになろう、という見通しだった。それは、ジャックが先頃の国際会議で提示した気候変動の予想モデルと一致していた。
だが、ジャックが示したモデルは、数百年間におよぶタイムスパンでの変動を予測するものだった。ところが、今問題になっているのは、現在進行中の気候変動であって、地球的規模での寒冷化へのダイナミズムは今すでに始まっているという事態だった。
というわけで、ジャックは、ただちに最新の気象情報を組み込んで気候変動の予想モデルをつくり上げなければならないと結論した。そのために、NOAAのスーパーコンピュータ=サーヴァーにアクセスする必要があった。だが、NOAAの長官、ゴメスは、政府を説得するためにシミュレイション演算モデルを先につくらないとアクセスが許可されないと突き放した。
仕方なく、ジャックは彼の仮説に賛同する気象学者グループ(NASAの気象学者=ジャネットやジェイスン、フランクら)とともに簡易予想モデルを構築することにした。
その結果、今後わずか1週間から10日くらいのあいだに、温暖化傾向はピークに達したのち急激に恐ろしい寒冷化がやって来て、北緯30度以北の地帯では人類の文明=生存は不可能になるであろうという予測が出た。つまり、合衆国のほとんど全部が氷雪に飲み込まれるよいうことだ。
この成果を受けて、ゴメスはジャックとともに副大統領への説得を試みたが、はねつけられた。政府は目前の異常気象への対応で手いっぱいで、この異常気象が次の局面で引き起こす動きにまでは目配りできないからだった。
「まもなく寒冷化が急激に進むので、連邦の北部諸州の住民に対して直ちに避難指示を出してほしい」というジャックの要請は、無視されてしまった。副大統領は、緊急管理局(EMA)の対策会議のことで頭がいっぱいだったのだ。