それでは、映画作品を取り上げて「暗殺」の事例研究を進めてみよう。
まず最初に、きわめて変則的な暗殺物語を取り上げてみる。
■暗殺のパラドクス■
暗殺とタイムパラドクスとは、どう結びつくんだ、といぶかる向きはあろう。
だが「ターミネイター」シリーズ(T・U・V)は、タイムパラドクスを背景として、現在と未来とが交錯する「暗殺ゲイム」なのである。
この物語では、近未来において、現代アメリカの軍事ハイテク会社、サイバーダインのロボット兵器とそのコントロール装置が、それを操作運営するアメリカ軍の意思や思惑から独立して「自我」を獲得・認識して、人類を奴隷化するために抵抗する人間たちを抹殺しようとして戦争を仕かける。こうして、ロボット兵器=コンピュータ・システムと人類との戦争が始まった。
そして、サイバーダインの兵器システムはスカイネットという世界的なスーパーコンピュータ複合体に成長して、全地球を支配する。スカイネットは、兵器や兵員ロボットを大量に生産して、人類の文明を滅ぼしてしまう。だが、人類の一部はスカイネットの支配に抵抗して反乱闘争を挑んでいる。がきわめて劣勢だ。とはいえ、スカイネットの側も艇庫する人類に手を焼いている。
かくして、スカイネットの地球支配・人類奴隷化の戦略は大きな阻害要因を抱え込むことになった。
そこで、スカイネットは「ターミネイター(「殺戮者」「抹殺者」という意味)」を開発して、過去の時代に送り込み、将来、人類の反乱闘争の指導者になるはずのジョン・コナーを抹殺しようと企図した。
まずは、ジョンを産むことになる若い女性を殺そうとした。因果関係の連鎖の始まりを断とうとしたのだ。
この企みを知った人類(未来のジョン・コナー)は、反乱軍の若手兵士をやはり過去に送り込んで、母親となる女性を救おうと計画した。ところが、この兵士は、ジョンの母親となる女性と恋におち、愛を交わして、ジョンを妊娠させることになった。
というわけで、未来から来た人物が過去の事件の流れに介入して因果関係の流れを変えてしまうのだ。その変わった流れをさらに変えるために、未来から来た暗殺アンドロイド、ターミネイターが過去に旅して人びとを襲撃するというわけだ。
未来の子孫たちの世代から過去の時代にやって来た男がコナーの父親になる、という生殖(世代交代)を完全にひっくり返すリプロダクション。未来の存在が過去のできごとの原因となるという、完全なパラドクスだ。
未来が過去を変形して、未来への流れのどこかを変えてしまい、今度は、スカイネット側はその変ってしまった未来を修正しようとして、対する人類はその未来を守ろうとして、互いに未来から過去に兵器や兵員を送り込む。
このプロットは、終わりようのない無限循環を生み出す。テレヴィシリーズにするためには、最適なプロットだ。
とはいえ、同じ筋立ての繰り返しでは観客は動員できない。だから、現在と未来の双方が少しずつ変形していく。過去と未来との相互関係が変転・転換していくのだ。
社会史的考察が跳ね返される異様な設定だ。