映像では、ブリテン空軍組織での女性隊の進出と活躍が如実に描かれている。男性たちが兵役についたために、軍の後方支援事務部門、医療部門、生産工場では人手が不足したためだ。
もとより女性(婦人部隊の要員)たちは、前線への配置・配属は認められてはいなかった。軍用艦船(輸送用、戦闘用を問わず)、軍用航空機(同前)への搭乗を許されてはいなかったからでもあるが。
彼女たちが配置配属されたのは、兵站管理部門( logistics-management )、作戦補助・情報連絡部門、医療衛生部門だった。あとの3つは、後方支援部門として、兵站管理に含まれる。
兵站業務の中心は、前線を中心とする軍組織に人員と物資(兵器や軍用機械、燃料、弾薬、食糧、衣料品、医薬品など)を補給することだ。必要な部門に必要な物資を必要な量だけ供給する(戦線では、大方は欠乏状況だったが)ことだ。
つまりは巨大な物流管理業務が必要になるわけで、調達のための財政の会計管理や在庫管理(受け払い)や割り当て管理、日程管理のためには、膨大な資料の集積や指示伝票の作成、帳簿管理が不可欠だった。こうしたルーティン業務に、多数の女性たちが携わっていた。
軍務というのは、国家組織や権力装置のなかでは最有力の機能だが、基本的に社会の平常の再生産にとっては「余剰な機能」である。近代国家の戦争は、一方で国民社会の経済的再生産を(消耗する軍事物資を補給するためにも)拡大・加速しながら、軍事組織そのものの任務を膨張させ、ゆえにまたそれを担う人員の増大を要求する。つまりは、マンパウワーの不足や欠乏をもたらす。しかも、壮健な若い男性は前線に赴き、ときには負傷し、戦死してしまうこともある。
こうして、人材不足を補うために、それまでは家庭に閉じ込められていた女性たちを活用することになった。活用してみると、男性の平均以上の能力を発揮した。一般に女性は、男性よりも勤勉で忍耐強いのだ。
こうして、軍組織あるいは行財政組織への女性のリクルート、そして彼女らの目覚しい活躍が始まった。
とはいえ、男性と女性とはまったく別の組織人事系統に画然と区別されていた。
第2次世界戦争は、未曾有の物量戦だった。とりわけナチスドイツは、総力戦ないし全体戦争というコンセプトを打ち出し、全社会の資源を戦争に向けて管理・動員する仕組みを創出した。
これに対抗するために、ブリテン軍・連合軍も、大規模な兵站管理=調達・補給管理システムを組織した。
また、電話や無線電信による情報集積、連絡のためには、受信管理や回線交換業務が必要で、この分野にも女性たちが進出した。なかでも、参謀部や作戦指令部門での情報集積や記録、伝達でも女性士官が活躍していた。
作戦司令室や参謀部では、女性士官たちが、作戦地図・戦況図(チャート)への記載やピース(自軍や敵軍の配置を示す駒やブロック)の配置や移動を主に担っていた。
レイダー装置施設での受信管理や集約統計の業務も、男性の指揮官の監督下で、彼女たちがルーティンワークを受け持っていた。
こうした軍業務のなかで、歴史上はじめてのキャリアレイディ、キャリアウーマンたちが出現していった。業務に習熟し、組織の階級の階梯を着実に登っていった。
さて、こうした女性の業務は後方支援業務だった。「安全」と考えられていたブリテン本土で、世界中に展開するブリテン軍や連合軍の作戦活動のロジスティクスを担っていた。
ところが、ドイツ空軍がブリテン本土を襲撃するようになると、ブリテン島内の女性たちの勤務場所がそのまま最前線になってしまった。緑豊かな国内飛行場や格納庫、空軍の工廠や事務所は、たちまち爆弾や銃弾が飛び交い炸裂する戦場に転換してしまった。
防空壕や塹壕への退避やその訓練は、婦人部隊の必須任務となった。
それゆえまた、戦闘(爆撃、銃撃、火災など)での女性たちの被害、つまり傷害や死亡(戦死)が不可避の事態となってしまった。
映像は、ドイツ機の襲撃によって多くの女性兵員が傷つき、死亡していくシーンを淡々と描き出す。
また、女性キャリア士官の誕生によって、家庭や夫婦関係のなかで波風が立ち、齟齬が生じ、その関係の修正や再構築(破綻の危険をはらみながら)が進んでいくであろう状況も描かれる。
自己の任務の達成感を求めたり、組織内の昇進・昇格、キャリア上昇( promotion )をめざす女性たちの一群が出現した。自己の目的意識や人生の目標を持ち、強くなった女性たちに手を焼く男性(彼女たちの夫や恋人)たちが現れ始めた。