映画の物語は、北フランスに駐留しているブリテン空軍(戦闘機部隊)の慌しい撤収・敗走から始まる。エアフィールド(舗装なしの飛行場:当時の戦闘機は軽量だったので、芝生の滑走路での離着陸ができた)では、ドイツ軍の接近によって緊迫した状況になっている。
偵察・哨戒に出ていた単座式戦闘機、ホーカーハリケイン( Mk-I )が数機、エアフィールドに帰還した。燃料を補給し銃弾を補充して、ドイツ軍の侵攻速度を減殺するためだった。だが、その日フランスは降伏し、破竹の勢いでドイツ軍(陸軍と空軍)が北フランスに迫ってきていた。
大陸に派遣されていたブリテン陸軍部隊は、強烈なドイツ軍にたちまち追いつめられ、ダンケルクから海に追い落とされていた。
このとき、北フランスに残されたブリテン空軍の戦闘機はハリケインだけだった。スピットファイア( Mk-U )はすべて、ブリテン本土防衛のためにすでにドーヴァーの対岸に引き上げられていた。
ブリテン政府は、フランス駐留部隊に速やかな撤収を命じた。そこで、健全な飛行士たちは全員、離陸可能なハリケインに搭乗し、北に向かって飛び立った。
その直後にドイツ軍の航空隊が来襲した。エアフィールドを爆撃し、残された戦闘機を掃射して破壊した。
惨めなフランス戦線の崩壊だった。大陸では、ドイツ空軍の圧倒的な優位が確保されていた。
続いて、場面はドイツのベルリン近郊にある、広大な空軍( Luftwaffe )基地と国防軍総参謀本部( Oberkommando
der Wehrmacht : OKW )に移る。夥しい数の戦闘機、急降下爆撃機( dive-bombers )、大型爆撃機が整列している。ドイツ空軍力の威容だ。
ドイツ帝国空軍 Reichsluftwaffe の映像のシークェンスに流れるライトモティーフ(部分的な主題音楽)が Luftwaffe
March だ。「ルフトヴァッフェ・マーチ」は、この映画の音楽担当の作曲家、ウィリアム・ウォルトンがつくったドイツ帝国空軍のイメイジを表象するマーチだ。厳粛で荘重な曲だが、どこかにヴァーグナーなどのドイツの歌劇作曲家の曲想をパロディ化する茶目っ気も明白な曲だ。
この場面では、空軍大将そのほかの将官を乗せた特別車列は、そんなエアフィールドを何箇所も通過してようやく参謀本部に到着する。彼らがヒトラーの執務室にやって来たとき、スイス駐在大使がヒトラーの指示を受けて、任地に戻ってブリテンの大使にドイツの要求を伝えるために出発するところだった。
ドイツ軍の電撃戦のめざましい成功を受けて、ヒトラーはブリテンに講和交渉を迫るつもりだった。軍事力の圧倒的な優越を示して、西ヨーロッパのほぼ全域をナチスドイツの軍事的統制下に引き据えた以上、ブリテンは講和と、新た力関係に応じた勢力圏分割に応じざるをえないだろう、というのがヒトラーの読みだった。
しかし、ブリテン政府は講和交渉を強い調子で拒否した。
ヨーロッパの地政学に無知なヒトラーらしい読み誤りだった。
ヒトラーは、ブリテンに軍事的圧迫を加えるために、もう一押し必要だと考えた。ブリテンを講和交渉に追い込むための一連の攻撃・侵攻作戦はすでに準備されていた。それが、「シーライオン作戦」:
Operation Seelöwe ( Operation Sealion )の構想だった。
この作戦は、ヨーロッパ大陸でのドイツの地域的ヘゲモニーの容認(その内容での講和)をブリテンに迫るために、ブリテンへの攻撃の強度(破壊)を段階的に高めていくという構想にもとづいていた。
ヒトラーは、つい先頃まで世界覇権を握っていたブリテンとの正面衝突・全面衝突をできるだけ回避するしたいと願望していた。それに、彼の「民族理論」では、同じテュートン族どうし(ゲルマンとアングロサクスン)は、本来敵対し合うべきものではなかった。
ドイツ語やドイツ諸族を意味する Deutsch ドイチュという語は、もともとテュートン=トイティッシュ( teuton / teutish )のドイツ地方なまり。
「アングロサクスン」という語も、ゲルマニアの地方と部族の名前、アングル族(地方)とザクセン族(地方)がもとになっている。5世紀から10世紀まで、これらの地方からブリテン島への移住・植民活動が波状的に展開され、彼らの諸侯国が形成されたことから、ブリテンの住民を「アングル=ザクセン人」――ラテン語化され「アングロ=サクソン」――と呼ぶようになったためだ。
⇒イングランドの国家形成についての詳細
⇒北西ヨーロッパの交易と植民活動
こうして、ドイツ軍はその航空戦力の威力の誇示の度合いをだんだん高めていって、ブリテンを講和に追い詰めようとした。