この映画は、暗闇の地中海に浮かぶ小型クルーザー(漁船か)で、ボーンが銃撃を受けて船から落下して海中に沈むシーンから始まる。ボーンは腹部と頭部に銃弾を受けながらも、もがいて水中から海面に浮かび上がった。その直後、小型船が爆発した。そして、ボーンも失神した。
そして、数日後、南フランス、ポールノワール(架空の地名か)の海岸。浜辺に若い男が打ち上げられていた。近所の漁民の男たちが、まだ息のあるその男を、村はずれの「飲んだくれの藪医者」のところに運び込んだ。いや、玄関に投げ込んだというべきか。
医者の名は、ジェフリー・ウォシュバーン。医者としての見識や技術は抜群なのだが、何しろ酒好きで、しょっちゅう酔っ払っている。で、一度、手術に失敗し、患者が死んでしまった。それ以来、村人は、治療ミスで何人も患者を殺した「藪」として敬遠し、バカにしている。
もともと、南フランスの寒漁村に逃れてきたアングロサクスンで、世捨て人がかったひねくれ者とも見られる。
ジェフリーはひどい銃創を受け、しかも長時間にわたる海での漂流で消耗している若い男を診察し、すぐに銃弾摘出の手術を施した。アルコール依存症だが、腕は確かで、手術は成功した。
だが、命を取り止め、驚異的な回復を見せるこの男は完全に過去の記憶を失っていた。自分が何者か、どういう名前だったかも思い出せない。
しばらくすると、若者はリハビリを開始した。まず歩行、次に軽いランニング、そして長距離のジョギングへと、まるで厳しい訓練に慣れた兵士のように、リハビリとトレイニングに取り組んだ。
村の子どもたちとも馴染み、いっしょに走ることもあった。その男は、自分を取り囲む子どもたちの姿を見て、一瞬、かすかな記憶の断片を脳裏に呼び起こした。東洋人、東南アジア系の幼児の顔。
記憶の断片は、めまいや頭痛とともに甦ったが、すぐ消えた。
それから、男は自分が何者なのか、何をしてきたのかについてまるで記憶がないことを深く悩み続けることになった。
だが、ある晩、ジェフリーといっしょに食事に出たとき、道で出会った2人の男が、若者を見ると急に血相を変えて逃げ出した。若者は走って追いつき、自分の前身についての情報を聞き出そうとしたところ、相手は脅えて攻撃してきた。乱闘になったところに、ジェフリー医師が駆けつけると、2人は逃げ去った。
あの2人は何か後ろ暗いことにかかわっているようだ。そして、自分も関連している。彼らは、若者がまだ生きていることに驚愕したらしい。
若者はますます悩みを深めた。
ところで、ジェフリーは、手術中に若者の臀部の表皮に埋め込まれていたマイクロフィルム(5mm四方くらい)に気がつき、それを取り出した。そして、顕微鏡でフィルムに記されていることを確かめておいた。そのことを、若者に告げた。
マイクロフィルムには、「スイス、ゲマインシャフト銀行」という文字と、それに関連する暗証番号らしい数字の列が写されていた。
そして、あの2人に顔を見られたことで、今後も危難が予想されるから、この村を出るように勧めた。ジェフリーは信頼できる知り合いに頼んで、若者を密かにマルセイユ駅まで送らせた。列車でスイスに向かった。