この一連の攻防の最中、カルロスの謀略の手はトレッドストーンのメンバーに深く食い込んでいた。
カルロスに金で買収されているジレットは、カルロスの手先の殺し屋をニューヨークのトレッドしトーンの本拠に案内して、ボーンを信頼し支持するメンバー2人を抹殺させていた。ジレットは、別の文脈でやはりボーン抹殺を企図しているコンクリン将軍を抱きこんでいた。
というのも、ボーンがトレッドストーンの正体の輪郭をほぼつかみ、連絡を取ってきたからだ。
トレッドストーンのいわば中心人物、デイヴィッド・アボット将軍は、デイヴィッド・ウェブ=ボーンの養父だった。
デイヴィッドの実父は、第2次世界戦争のヨーロッパ戦線でアボットと戦友で、戦後アメリカに戻り大学教授をしていた。ところが、ウェブ夫妻は突如死んでしまい、生まれたばかりの男の子は孤児になってしまった。アボットは、幼子を引き取って、自分の名前をその男の子につけて育て上げた。それが、デイヴィッド・ウェブだった。
アボットは、デイヴィッドに深い愛情を注いだ。だから、今回のカルロス狩りにデイヴィッドが志願したとき、強く反対した。だが、デイヴィッドの強い使命感や飛び抜けた能力を知るアボットは、最後に折れて、この作戦を全面的に支援する覚悟で、トレッドストーンを立ち上げたのだった。
そのデイヴィッド=ウェブが今、窮地に立っている。残酷な殺戮者として各国の公安当局に追われ、トレッドストーンの内部にもボーンをとらえ抹殺すべきだと主張する者もいる。
アボットは、メンバーの疑惑や強硬意見を抑え込んで、とにかくヨーロッパに飛んで、ボーンとコンタクトを再開しようと計画した。ただし、彼にはCIAのジレットとペンタゴンのコンクリン将軍が同行することになった。この2人は、ウェブ抹殺を意図する「裏切り者」だったのだが。
ボーンは、深夜、パリ郊外の墓地でアボットたちと接触することになった。闇に紛れて約束の場所に現れたボーンに対して、コンクリンは罵声を浴びせ、ジレットに攻撃するように命じた。ところが、ジレットはまずコンクリンを射殺し、さらにアボットを銃撃した。
いまやカルロスの手先になっているジレットは、ボーンだけでなく、トレッドストーンというカルロス狩り作戦の指揮と後方支援を担う組織を破壊しようとしていた。
だが、ジレットにとっては、カルロスを上回るほどの戦闘訓練を受けてきたボーンを見くびったことが、命取りになった。ボーンへの攻撃を後回しにしたのだ。ボーンはただちに反撃態勢に入り、またたくまにジレットを撃ち倒した。
ボーンは、アボットに駆け寄り、介抱した。腹部に銃弾を浴びて虫の息になっていたアボットから、ボーンは今回の作戦の実相を聞き出した。
だが、これで、トレッドストーンのメンバーは全員死んでしまった。アメリカでボーンを支援する組織的基盤は消滅してしまった。当時ボーンに酷い洗脳心理改造を施した作戦部長が、今ではCIAの副長官にまで出世していて、いまやCIAをボーン駆逐作戦に動員しようとしていた。
ただし、この事情は映像化されてはいない。2002年版「ボーン・アイデンティティ」では、かなり設定を変えて、この事情を描いている。