翌日に審理の再開を控えたある日、マギーはグレイザーの部屋を訪れて、事務所の方針に従って、パヴェルの事故試験の記録と報告書のことは触れずに、このままアルゴの主任弁護士として弁論を続けると告げた。
その翌日、原告側弁護人、タッカーはパヴェル博士を証人席に据えて、メリディアンの構造的欠陥についての試験結果と報告書の提出について証言させた。
そして、原告側の尋問に続いて、被告アルゴ側の証人尋問が始まった。マギーが立ち上がり、矢継ぎ早にパヴェルに鋭い質問を浴びせ続けた。そして、論点を証人の記憶や発言の信憑性の問題に移していった。パヴェル博士はかなりの高齢なので、記憶や判断力が衰えていて、その証言の証拠能力=信頼性が薄弱だ、という印象を与えるためだ。
だから、質問は辛らつですこぶる底意地の悪いものだった。細かい数値に関する質問をぶつけて、証人の自身を突き崩していくのだ。ついには、実験した車両のリスト番号とか、パヴェル本人の誕生年月日、自分の家の電話場号とか、ただ一気に一連の数値を続読み上げても、すぐにそれとは思いつかないものばかり。 酷い質問を浴びて、パヴェルはしだいにうろたえ、憔悴していった。
だが、その意地悪な質問は、陪審員たちの目には、弱い者いじめとして映った。アルゴ側の横暴さと横柄さを見せつける効果をかもしたようだ。どうも、この尋問=弁論は、マギーとタッカーとの共同計画によるものらしい。
パヴェルは落ち込んだまま証人席を降りてきたが、タッカーは、高齢のパヴェルとしてはよくやったとねぎらった。そして、次の証人として、クイン法律事務所のグレイザーを要請した。いきなりの申請である。
クイン事務所側は猛反発。裁判長に異議申し立てをおこない、タッカーの乱暴なやり方に強く抗議した。
裁判長は異例の成り行きに驚いて、一時休廷を宣言した。そして、控え室に原告・被告両陣営の弁護人を呼びつけた。異例の証人申請を認めるか、それともタッカーの非を追及するかを判断するためだ。
クイン事務所の猛烈な抗議にもかかわらず、タッカーは、これはメリディアンの設計上の欠陥についての報告書の存否を判定するために不可欠の条件だと言い張った。そして、自分の弁護士資格を賭けるとまで言い切った。裁判長は、その迫真の説得を受けて、グレイザーへの証人尋問を認めると判定した。
マギーは、ここではっきり白黒をつけるためにと言って、尋問に立った。そして、単刀直入に質問した。
その1つ目、「グレイザーさん、あなたはあなたはアルゴ社から、くだんの報告書について相談を受けましたか」
その2つ目、「あなたは、報告書を見ましたか(存在を確認したか」
どちらの尋問への返答は、ノーだった。
じつに単純明快な質問と答えだった。
証人申請ではひどく紛糾したけれども、尋問と証言は何ともあっさりと終了した。