さて、今回の物語の背景にもやはりブリテン王国の戦時体制のありようが横たわっている。
第2次世界戦争はすぐれて通商戦争だった。つまり世界市場での勢力圏をめぐる中核諸国家同盟のあいだの武力闘争だった。
ブリテンとドイツも互いに相手の軍事力だけでなく貿易経路の破壊、生産設備の破壊をめざして戦っていた。
ブリテンもドイツも海外・国外から膨大な資源を輸入して兵器を含む工業製品の生産に充てていたから、石油・石炭や鉄鉱石、銅鉱、ボーキサイトなどはもとより、食料農産物の調達経路をめぐる攻防が戦況の行方や戦争遂行能力を左右した。
それゆえ、両海軍とも相手側の通商を破壊する作戦をきわめて重要視した。その結果、経済資源の輸入経路は打撃を受け、工業原料や食糧、しがってまた軍事物資が逼迫することになった。
こうして供給が逼迫した経済的資源を、国家はさらに戦争継続のために軍事部門に選別集中することで、一般市民の生活に必要な物資はさらに欠乏状態に陥った。
さらにドイツ空軍は有力諸都市への空爆を展開した。それは、敵対国ブリテンの都市インフラや一般市民すなわち労働力人口の破壊によって社会の再生産体系全体への攻撃だった。これに対して、ブリテン空軍も反撃のために、ドイツ港湾や諸都市への空爆を展開した。
つまり、こうして攻撃作戦の目標は、相手の経済能力全体の破壊をめざすものとなった。
ブリテン国家は、一方で生産と消費のための物資の逼迫のなかで社会秩序を維持し、他方で軍事部門に資源を集中するために、経済的資源の供給経路を統制するレジームを構築していった。内閣は1939年には合同食糧庁 Combined Food Board を設立して食料・飲料の配給体制 definition of ration を組織化し始めた。
食料統制=配給制度が一般市民の食生活に重苦しい逼迫や窮乏をもたらしていることは、このシリーズのこれまでの物語でつぶさに描かれてきた。
そして、石油や石炭、電力などのエネルギー資源の統制にも着手した。
ことにガソリン、灯油などの石油燃料は軍用車や戦車、戦闘機、艦船の運用のために不可欠だった。他方で、国内での生産財と消費財の生産と輸送のための機械や車両のエネルギー源として供給し続けなければならなかった。生産と消費をめぐる経済過程が動き続けなければ、国家レジームも存続できなかったのだ。
こうした燃料資源の配給統制は選別的配分であって、同時に資源供給における優先順位の格差をもたらす。つまり選別と格差をもたらすことになる。政府が戦略的に不可欠ないし軍事的に必要だと評価された産業や企業には手厚い保護と優先順位――つまり経済的特権――が与えられた。
言い換えれば、戦時統制=配給体制とは、戦争を継続し住民を動員するための独特の利権構造が「力づくで組織された政治状態」を意味するのだ。
つまり戦時中、ブリテンの国家装置は、荒廃し混乱した経済と社会を再編をめざして、国民社会の経済活動を計画的に規制し統制し組織化するために、きわめて系統的に介入する仕組みを構築したのだ。戦後、労働党政権によって特定産業・企業ならびにイングランド銀行の国有化と高度の社会福祉制度を導入することになるが、それはこのような戦時統制のシステムを土台にしてのことだった。