さて、この物語によれば、ブリテン政府は石油燃料管理局を設立して、燃料の精製生産から輸送=流通経路を統制した。その統制は、一種の計画経済ないし計画的管理の仕組みによって実行された。
すなわち、空軍基地や陸軍輸送隊などの軍事施設を最優先しながら、産業別の団体を通じて各企業の標準的な需要を把握して、産業ごと企業ごとに毎週決められた日に燃料を配給するのだ。
配給業務を担う貯蔵・輸送業者は政府から指定され、一定期間のあいだに必要な燃料を供給され、管理局の各支部が計画にしたがって管区内の業者に配給先と日にち、分量を指示する。業者はその指示にしたがって運搬と供給をおこなうことになる。
もとより、管理局は配給を担う業者を限定し、貯蔵所の数も限定することになる。それはドイツ軍の空爆による被害をできるだけ限定するためであり、またもしドイツ軍の国内侵攻があった場合に燃料が奪われるリスクを減らすためだ。
管理局から貯蔵と運搬・配給業務の指定を受けた企業は、管区内で燃料供給を独占する特権を与えられ、大きな収益を保証されたのだ。
この物語では燃料管理局の幹部が、ドイツ軍はフランスを占領した直後に燃料を収奪したことをフォイルに語っている。
ところで、物語は1940年9月の出来事を描いている。
その頃、ドイツ軍のブリテン空爆は最も激しくなっていた。だから、燃えやすい燃料を貯蔵するタンクを地下に埋めて掩蔽設備を施さなければならなかった。
このように燃料供給がきわめて逼迫した状況だったから、闇市場では燃料は法外な価格で取引きされ、闇取引業者の手には巨額の利潤が転がり込んできた。
したがって、国家の戦時統制の盲点をついて燃料をこっそり確保して転売しようとする犯罪が後を絶たなかった。
そうなると、管理局は石油燃料の横領・掠奪(横流し)や闇取引を取り締まる仕事もおこなわなければならなくなった。 こういう状況下で今回の事件は発生する。