この作品(2004年)は《影なき狙撃者》のリメイクだが、時代と状況設定は大きく違っている。この作品では、マンチュリアンという巨大軍需企業が大統領府を乗っ取って、アメリカ国家を思いのままに支配しようとする陰謀が描かれている。
原題は The Manchurian Candidate 今回の作品の内容に合わせて訳すと「マンチュリアンの候補者:マンチュリアンという企業が手配し操る副大統領候補」となる。
原作は、 Richard Condon, The Manchurian Candidate, 1959 で、これは旧作《影なき狙撃者》の原作となった――題名を意訳すると「満州から来た候補者」とでもなろうか。原作と旧作映画では、
朝鮮戦争で中国・ソ連側の捕虜となったアメリカ陸軍の小隊の兵士たちが満州の研究所に拉致されて洗脳され、そのうちレイモンド・ショーは、あるものを見るとフラッシュバックで暗殺者となるように脳を改造されていた。そして、レイモンドは、中国・ソ連の言いなりになる人物が大統領になるように、アメリカ首脳を暗殺しようとするが、失敗するという物語だった。
あまりにもリアリティがない状況設定だが、1950年代のアメリカでは冷戦体制下でマッカーシイズム(左翼弾圧)が吹き荒れ、多くの市民が政権が振りまく「共産主義の脅威」を真に受けて、あるいは弾圧の威嚇のもとで友人知人を「共産主義者またはそのシンパ」として告発・密告する社会状況だったのだ。
「マンチュリアン」とは「満州(国)の」とか「満州地域」「満州族」などを意味する言葉。
原作では、日本軍支配の崩壊後に中国東北部に、ソ連と中国との同盟によって樹立された共産党政権が支配する自治領。レイモンドたちはそこの研究所で洗脳を受けた。
そういうわけで、アメリカの企業の名称としては、いささか変だ。
だが、この作品では、リメイク版として、本来の意味や状況からまったく独立した企業名として登場している。しかも、原題の中心的用語として。このあたりは、腑に落ちない。
そういう文脈から、日本語題名は「クライシス・オブ・アメリカ:アメリカなるものの危機」というふうになっているのかもしれない。あるいは、旧日本陸軍の満州支配を連想させる語を使いたくなかったのかも。
見どころ:
同名原題の1962年の映画作品のリメイクだが、状況設定とプロットはすっかり変わっている。62年版は「冷戦」構造がテーマに色濃く反映されていた。
だが、2004年版は、アメリカのヘゲモニー国家としての危機、ことにブッシュ政権の世界戦略、国内政治、対テロ戦争など、政策全般の失敗や破綻がもたらした「アメリカの危機」状況がテーマに強く反映されている。そして、歴代政権の権力ブロックの中核を構成してきた〈軍産複合体〉が内包するリスクを鋭く抉り出す作品となっている。
つまり、軍産複合体を構成する軍需大企業(多国籍コングロマリット)は、アメリカ政府=軍に兵器体系や補給品だけでなく、軍の戦略や軍政プランまで提供しているがゆえに、政府の中枢にまで強い影響力をおよぼし、場合によっては大統領府を乗っ取ってしまいかねないという危険性を。
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