翌日、ベンはレイモンドの選挙本部を訪ねた。
そのオフィスの周囲には、数多くの後援組織のメンバー、支持者、そしてマスメディアが詰めかけていた。レイモンドは分刻みのスケデュールに追われていた。彼には政府から派遣された巨漢のボディガードが張り付いていた。
ベンがレイモンドに近づこうとすると、その男が行く手を遮った。だが、ベンが尋ねたいことがあると告げると、レイモンドは数分ならばと時間を割いた。
ベンはクウェイト戦線でのできごとについての記憶について尋ねた。レイモンドは、陸軍の公式発表どおりの経緯を説明した。しかし、さらにベンが深く追及しようとすると、時間がないといって背を向けた。
そのまま、レイモンドは階上の自室に向かってエスカレイターに乗ったが、ふと気が変わって、いっしょに食事をしながら話そうとベンを誘った。
レイモンドは自室に入ると、2人で話したいからと言って、ボディガードを遠ざけた。そして、「じつは、自分としては戦場での自分の行動やできごとについて、記憶は明確だが、やはり実体験としての実感がないんだ」と語った。まるで記憶が、自分の意識や感情、感覚から独立した別のもののように感じる、と。
ベンは身体に埋め込まれていたチップのことを説明した。
「あの記憶は、本物じゃあない。肩の下にチップが埋め込まれていて、それが俺たちの記憶や意識を操っているんだ。だから、君の背中を見せてくれ」とベンが迫った。しかし、レイモンドは拒否した。
ベンはレイモンドに襲いかかってシャーツをまくり上げ、肩甲骨の部分の皮膚に噛み付いた。
騒ぎに気づいたボディガードや事務所の職員が部屋に入り込んできて、ベンをレイモンドから引き離した。そして、ベンを押さえつけて、警察に連絡した。ニューヨーク市警察の捜査官たちが駆けつけて、ベンを暴行障害の容疑で拘束した。
勾留されたベンは、市警の刑事たちから尋問を受けた。有力政治家に対する暴行ということで、市警にはさまざまな方面から政治的圧力がかけられていたのだ。取り調べのなかで、運河で溺死していたアル・メルヴィンとの関係も追及された。ベンは、そのときはじめてアルの死を知った。
ベンは刑事たちに、アルの背中(肩甲骨のあたり)を調べれば、記憶や意識をコントロールする電子チップが埋め込まれているはずだ、と告げた。チップによるマインドコントロールのせいで、アルは精神を病み廃人同様になって死んだのだ、と。
ところが、レイモンドは、かつての戦友で信頼していた上官だったベンを犯罪者にしたくなかったので、母親に頼み込んで、この事件でベンを告訴しないように取り計らってもらった。そのため、ベンは釈放された。