クライシス・オブ・アメリカ 目次
アメリカ国家乗っ取りの謀略
原題と原作について
見どころ
あらすじ
湾岸戦争症候群
1991年、クウェイト戦線
苦悩する復員兵士たち
覆された副大統領候補
植物園での遭遇
調査に乗り出したベン
帰還兵の悲惨
レイモンドとの対決
ユージェネー・ロウジー
埋め込まれた素子
選挙本部で
マンチュリアンの謀略
マンチュリアン・コネクション
遠大な謀略と人格改造
殺戮マシーン
レイモンドの企図
戦慄すべき精神改造実験
湾岸戦争とイラク戦争の最前線では
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評  決

湾岸戦争とイラク戦争の最前線では

  以上はフィクションの物語だ。ここで、実際の湾岸戦争・イラク戦争の最前線で、アメリカ国防総省と軍産複合体が試みた「実戦実験」について考えてみる。それは、戦争の形態を構造的に転換するかもしれない――ITシステムを援用した――新たな作戦指揮系統の機能や前線での意思決定システムの実験だった。
  アメリカ軍は、中東でアメリカ軍が展開した作戦の最前線で、最先端の軍事情報システムの構築と運用を実験したのだ。

  最前線の兵士(特殊な訓練を受けた有能な士官・下士官)が、軍の展開での状況判断と意思決定を直接になうようにして、司令官や上官の指示や命令、あるいは軍事衛星からの情報などは、すべてその兵士の意思決定の支援材料にすぎない位置づけにしたのだ。
  つまり、司令官を頂点とする指揮系統とは別に、最前線の兵士を頂点とする情報システムのピュラミッドを構築しようとしたのだ。
  《戦場での意思決定に必要なあらゆる情報》は、兵士の背嚢とハイテクヘルメット(小型のプロンプター視覚装置がついた、超高性能のナヴィゲイションシステムだと思えばいい)をつうじて送られ、集積され、兵士のプロッティングによって解析や画像化がおこなわれる。
  いってみれば、背嚢・ヘルメットは超高性能のスーパーコンピュータで、兵士の脳の延長部分=支援装置となっている。いまは、コントロールパネルで操作されるが、やがては、皮膚に密着させた電極端子やセンサーなどをつうじて、兵士の脳神経の動きと直接に連動するようになるかもしれない。

  A1エイブラムズ戦車には、スーパーコンピュータが詰め込まれているので、戦車もまた、さらに高性能の電脳空間を構成していただろう。あるいは、兵営のヘルメットの情報の中継・管制装置となっていたようだ。
  この戦車は、攻撃兵器を備え複合装甲で防御されたスーパーコンピュータだったので、戦場だけでなく全地球的な規模での情報システムの前線基地ならびに中継基地として機能した。
  1台の戦車の指揮官と砲手が視認・把握したあらゆる戦場の画像やGPS位置情報は、戦車隊全体はもちろん、支援する航空隊や沖合いの艦隊、さらにはペンタゴンの指令室と共有された。そして、最前線の戦車兵が設定した照準データに誘導されて、航空隊や遠方の艦隊から長距離砲やトマホーク・ミサイル(射程2600km)を撃ち込むことができた。


  その場合、いかなる情報も、現場での総合的な状況判断や意思決定に役立つためには、何らかの加工、すなわち選択・編集・構成がされていなければならない。つまり、情報の収集加工者・編集者たちの意思や構想によって、兵士に送られる情報にバイアスがかけられ、それをつうじて彼らの意思決定を左右できるわけだ。
  してみれば、前線での情報システムは――司令部や作戦本部が送る情報内容を選別できるわけだから――、支援情報を送る人間たちの思惑や方針によって、コントロールされていると見るべきかもしれない。
  つまり、戦場に送られる兵士たちの意思や意識を統制する(このこと自体ははるか昔から、戦争や軍の指導者たちの、切実な要望だった)ための巧妙で周到な情報システムが、すでに構築されているのだ。

  しかし、私としては、何やら目的や手段の総体が倒錯しているような気がする。技術の集約・開発の方向が、人間の平和な生存から正反対の方向に向けられているのではないか。
  もっとも、インターネットはもとより、自動車や船舶、航空機のGPS連動ナヴィゲイションシステムは、もともとは軍隊の情報システムのサブシステムだったのだ。それが、情報システムの最先端だとすれば、私たちの情報文化は軍産複合体の軍事技術の開発競争によって、方向づけられ、誘導されているのだともいえる。
  情報システムと情報機器を主要なメディアとする私たち現代人の生活と文化は、軍拡メカニズムの循環のなかにすっかり取り込まれているわけだ。しかも、もはやそこから逃れられない。
  私としては、軍事技術開発から生み出されたインターネットのサイトで、こんな文章を書いていることにも自家撞着を感じてもいる。

  ところで、「戦場=前線の兵士が状況判断と意思決定をするために作戦司令部や上官などの指揮系統がある」という位置づけに沿った情報システムが登場し始めた頃、こうした情報システムはこれまでの組織運営・組織管理システム、とりわけ意思決定の権限を最前線(兵卒や下士官)に委譲した組織を生み出したと評価され、もてはやされた。
  意思決定のピラミッドの頂点と底辺ををひっくり返した意思決定システム=権限配分だとか、フラットな(つまり将官と兵卒とが同じ平面に立つ)権限システムだというのだ。そして、このようなシステムは企業経営にもやがて持ち込まれ、企業の意思決定構造を変革するだろう、と。
  大笑いだ。

  実際の軍事組織の動きや企業組織の運営を知らない評論家や学者の、安直で皮相な見方だ。
  戦場の兵士や現場の従業員たちは、そこに派遣され配置されることになった、そもそもの戦略目標や作戦方針を決めることはできない。それを決めるのは、将官や参謀、さらに政治家、企業では経営陣だ。
  現場の兵士は、すでに目標や課題をすでに与えられて前線に配置投入されている。そこで、意思決定の権限が委譲されるのは、与えられた目標や課題をより効果的に状況即応的に追求するためにほかならない。そのほかの価値観や尺度を、前線の兵士が自由に選択できるわけではない。
  つまり、意思決定権限の垂直的な構造、権力ピラミッドはいささかもひっくり返っていないし、平べったくなってもいない。
  むしろ、前線の兵の任務や責任ははるかに重くされていて、彼らは、目標達成のための単なる手段として純化されてしまっている。
  疎外状況は深まるばかりだ。

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