さて、少し時間をさかのぼる。2大政党の大統領候補者選びの最終局面。
おそらくは、民主党の内部のできごとだろう。ただし、打ち出される政策とかイデオロギーは「共和党右派」の価値観やイデオロギーに近い内容。だから、映画が描く状況は、現実とは「ねじれた位相」にある。
ここで主眼となっているのは、大統領候補者の選定ではなく、副大統領候補者の選定だ。
あのレイモンド・ショーの母親、ヴァージニア州選出の元老院(上院)議員、エレノア・プレンティス・ショー(メリル・ストリープ)が圧倒的な存在感――話し方や立ち振る舞いが、あのヒラリー・クリントンのパロディ(誇張)に思えて仕方がない――で登場する。この物語の影の(本当の)主役である。
すでに、党の副大統領候補は、決定されマスメディアをつうじて公表されている。それにもかかわらず、エレノア・ショー元老院議員は、自分の愛息を副大統領候補に押し込むために、党の選挙戦略本部の委員会に押しかけてきた。肩を怒らせ、権力志向丸出しの雰囲気を漂わせて。
彼女は、党本部の選考委員会に乗り込み、副大統領候補者が元老院議員、トーマス・ジョーダン(リベラルな政策的立場)では、敵対する政党の正副大統領候補のコンビに勝てないと言い張った。そして、リベラル派が強い諸州を除いては、選挙人たちの多数派を取り込めない(ようにしてやる)と危機感を煽った。
合州国のヘゲモニー危機を打開するような世界戦略と国内での国民的統合の再強化に役立つ政策・イデオロギーを打ち出すべきだというのだ。それに最適な候補者が、レイモンド・プレンティス・ショーだというのだ。
レイモンドはニューヨーク州選出の代表院(下院)議員を続けている。
彼は「湾岸戦争の英雄」として戦場から帰還して名誉勲章を授けられた。そして、政界入り後は、従来型のリベラル派ではなく、「民衆の統合」と「国家の威信の再建」(とくに軍組織と戦略の建て直し)を主張して、党内で最近とみに頭角を現してきた。そして、今でも、党の大統領候補、アーサーが勝てば、大統領府の主要閣僚のポストが約束されている。
そのレイモンドが副大統領候補になれば、プレンティス一族の巨万の資産の投入はもちろん、コネクションをもつ大企業グループからの莫大な財政支援を引き出し、系統的な選対組織を動員するというのだ。
この迫力満点のごり押しに威圧されて、党本部の決定は覆されてしまった。
このへんのプロパガンダは、映画の脚本作成が始まった頃(2002〜2003年)のアメリカの世論、イラク戦争を推進した共和党右派(ネオコン)の強硬な主張がまだ、いくぶん力をもっていた状況を反映しているようだ。
ところで、トーマス・ジョーダンは、最近のアメリカの対テロリズム戦争(イラク戦争を想定か)、世界戦略、外交政策は、同盟諸国の協力、信頼感や結束を掘り崩すような独善的なものだったと批判してきた。そして、今後は一方的に攻撃的な姿勢を改めて、対話や調整に主軸を置くべきだと提言している。その立場は、軍事調達予算の拡大を含めて軍拡によってアメリカの優位の回復を主張するエレノア・プレンティス・ショーとは、真っ向から対立する。
ゆえに、トーマス・ジョーダン派とエレノア・プレンティス派は、これまで、党の指導理念や価値観、基本政策をめぐって対抗し合ってきた。今回、ジョーダンを副大統領候補から引きずりおろして、レイモンドを押し上げたことは、当面の力関係ではプレンティス派の優越を確保したという状況を意味した。