それからしばらくして、ベネットはユージェネーに連れられて、クウェイトの沿岸に来ていた。あるいは、クウェイト海岸に偽装したアメリカ国内の場所かもしれない。あの悪夢に登場する場面の1つに出てくる風景がある場所だった。ベンが何者かに追われて逃げ惑う場所だった。
この海岸にベンが呆然と立ち尽くすシーンで映画は終わる。
ところで、物語の場面を戻して・・・背中からチップを取り出したベンが、ようやく本当の記憶を回復して思い出した実際のできごとは戦慄すべきものだった。
ベンの小隊は、実際の夜間偵察には出撃しなかったようだ。少なくとも、待ち伏せ襲撃には遭遇してはいない。彼らは何らかの手段で意識を奪われて、精神・記憶改造のための人体実験のために拉致されてしまったらしい。
連行された場所は、精神科学者、アッティカス・ノイル博士の研究施設だった。
このアッティカス博士は、かつては東欧で、政府の指導下で秘密裏に洗脳や精神改造のための残酷な人体実験をおこなっていた科学者だった。彼は、社会主義体制崩壊に乗じて出国して、アメリカ陸軍とマンチュリアン社に自分のノウハウを売り込んで、高額の報酬で雇われたのだ。そして、マンチュリアンが軍部と結託して進めたマインドコントロール用のチップの研究開発に携わってきた。
今回のベンの小隊の兵員の人体実験を実施したのも、アッティカスだった。
彼の研究施設で、兵士たちは全面的な記憶と意識の改造のオペレイションを施された。彼らは背中にチップを埋め込まれたうえに、脳に何本ものテューブを差し込まれて、電子信号によって「模造記憶」をインプリントされ、キイワードによって命令された行動をとるように改造されてしまった。
偽造の記憶を視覚化するために、彼らは施術中に持続的に映像を見せられた。その映像が、「模造経験」の視覚的記憶となるはずだった。
洗脳とマインドコントロールが一通り終わると、アッティカスは、偵察中の奇襲を受けて殺されるはずの2人の兵士の殺害を、レイモンドとベンに命じた。そして、ベンは1人の眉間を銃で撃ち抜き、レイモンドはもう1人を扼殺した。
その場面を、ほかの兵士たちも見ていた。その記憶は、記憶の改造で消滅するはずだったが、ぼんやりし薄れた記憶としてアルやベン、レイモンドたちの脳の片隅に残っていたようだ。
精神と記憶の改造は完全にはいかなかったようで、帰還した兵士たちの頭のなかで、実感としての違和感や記憶の混乱、悪夢として再現し続けたのだ。
以上は、映画のフィクションの物語だが、産業革命が進展した19世紀半頃から以降、欧米諸国家がおこなった戦争は、国家の指導層や有力軍需企業にとっては、(兵器・火薬・化学薬品・建築機械など)テクノロジー開発のための人体実験の場でもあった。
たとえば、第一次世界戦争の西部戦線では、塹壕陣や鉄条網の突破のためにタンク(ブリテンのマークT)が導入される一方、毒ガス・神経ガス兵器も投入された。破壊力や殺傷能力、防御・耐久力などはまさに兵士の身体や生命を試験対象にして検証されたのだ。
科学技術だけでなく、戦場での軍隊の指揮系統や階級制度は、産業革命と資本集積によって規模が巨大化した工場・事務所での生産管理・労務管理に応用された。たとえば、中間管理職層や監督職は「中下級将校」「産業下士官」の位置づけを与えられた。そして、社会全体の編成もまた、国民国家間の対抗関係を過剰に意識し、物資の軍事部門への動員態勢に適合したものに組み換えられていった。軍事・戦争と産業、科学のあいだ結びつきはより緊密化していくことになった。