それからまもなく、ベネットはワシントンの熱帯植物園で、レイモンドと顔を合わせた。
首都の政財官界のエリートたちのパーティが催され、ベンは、このパーティに招待されたペンタゴンの将官に付き添ってきたのだ。国防総省のエリートもワシントンのお歴々の有力な一角を構成し、政財官のパウワーゲイムの有力な担い手なのだ。
ベンはレイモンドと顔を合わせて言葉を交わしたが、レイモンドの態度はよそよそしく、他人との意思疎通を拒絶しているような印象を与えた。
そのレイモンドは、ペンタゴンの調達契約のうち何億ドルかを占める有力な軍需企業、マンチュリアン・コーポレイションの指導部とのコネクションを固めていた。それは、プレンティス一族の一員が経験すべき「通過儀礼」でもあった。
政界の名門、プレンティス・ショー一族の御曹司、レイモンドが副大統領になったことは、マスメディアの注目を集めた。さっそうと大統領選挙キャンペインに乗り出したレイモンド。その活動は、マスメディアで連日報道されていた。
その日、ベン・マルコはレイモンドのキャンペインの中継番組をテレヴィで観ていた。ベンは、心のなかで、レイモンドに対する疑惑が一気に膨らむのを抑え切れなかった。なにしろ、レイモンドは副大統領、つまりは連邦国家の最高指導部に収まることになる公算が大きいのだ。
ベネット・マルコは、1人で、湾岸戦争でのあの夜の事件の真相を調べ始めた。小隊が行方不明になっていた3日間に何が起きたのか。レイモンドは本当に隊員たちを救ったのか、ベンやアルが潜在意識のなかで抱いている、レイモンドに対する疑惑や嫌悪感、あるいは得体の知れない畏怖は何なのか、それはなぜなのか。
ベネットは、アル・メルヴィンを訪ねることにした。
だが、アルはアパートにはいなかった。ベンはナイフで錠をこじ開けて部屋に入り込んだ。部屋の内部の様子は異常だった。まさに深く精神を病み何かに捕われた人間の営みの痕跡が残されていた。あの「悪夢」のおぞましい光景、妄想化した疑惑が壁一面に描かれていた。捕われた兵士たちが、拷問を受けるように、脳に何本ものテューブを差し込まれている。
そして、レイモンドに対する疑惑や嫌悪感、憎悪にも近い心象が描かれていた。 ベンは衝撃を受けた。そして、自分の調査の資料として、アルが「悪夢の記憶」を書き連ねたノートを持ち出した。
ベンは、その後、かつての小隊の仲間の消息を探ったが、今でも生き残っているのは、自分以外ではアルとレイモンドだけだった。ある者は交通事故死、別のある者は自殺、ある者は癌で死亡。帰国して、「まともな人生」を送っているのはベンとレイモンドだけだった。