マンデラの名もなき看守 目次
人種隔離とヒューマニティ
原題と原作
現代の制度たるアパルトヘイト
あらすじ
南部アフリカの植民地化
アパルトヘイト政策
冷戦で生き延びたアパルトヘイト
ロベン島(監獄島)
敵対に引き裂かれた社会
マンデラとの出会い
マンデラの監視
自由憲章
苦悩への共感
募りゆく職務への嫌悪
ジェイムズの孤立
決   意
崩れゆくアパルトヘイト
焦点となったマンデラ
グレゴリーの「復帰」
マンデラ解放への道筋
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マンデラの監視

  ジェイムズは最初、マンデラについては白人社会での報道や評判を真に受けていた。つまり、白人を殺戮し財産を略奪するための黒人運動の指導者で、無差別のテロ攻撃を計画・指揮している恐ろしい人物だと。だから、ロベン島への隔離よりもただちに死刑にする方が正しい、と。
  ところが、秘密情報部のジョルダーン少佐との会話で、マンデラをめぐる困難な政治的状況について知ることになる。マンデラはいまや世界的に著名な反アパルトヘイト闘争の指導者で、彼を死刑にすれば「偉大な殉教者」となり、黒人の反アパルトヘイト闘争はいっそう過激化し、統制のとれない規模になっていくだろう。しかも、そうなれば、西側陣営からの支援の余地も閉ざされることになるだろうというのだ。
  ここでジェイムズは南アフリカの白人社会の意識や価値観と外部世界との違いを知らされ、自分たちの意識や思想を相対化する知識を得た。

  ところで、ジェイムズが新任の検閲官として黒人たちを威圧していたとき、マンデラは監房内で会話したことを咎められて懲罰独房にいた。ジェイムズが懲罰房を訪れてマンデラに「顔を見せろ」と命じたが、まるきり無視されてしまった。
  しばらくして、マンデラの妻ウィニーが接見に来た。家族と周人との面会は、接見ブースにおいて刑務官監視のもとでガラスの仕切り越しに電話機をつうじての会話が許される。使う言葉は英語に限られる。マンデラの監視係として、ジェイムズはモニター用受話器を持って会話を検閲する。
  そのときマンデラは、ウィニーから家族の最近の消息を聞いたのち、コーサ語に切り替えてANCの指導部人事と闘争方針を伝達しようとした。ジェイムズはただちに会話を禁止して接見を打ち切った。ウィニーもまた有力なANCの女性闘士の1人だったのだ。

  ジェイムズがマンデラ夫人を桟橋まで送り届けたとき、情報部のジョルダーンが待ち構えていた。マンデラをめぐる動きは、情報部で逐一掌握しているようだ。ジョルダーンは、ジェイムズに接見で得た情報の報告を求めた。ジェイムズは、ANCの指導部人事の情報を伝え、マンデラの息子が実家に戻ったこと(自動車免許と車を持っていること)を付け加えた。


■アパルトヘイトへの疑問の始まり■
  少年時代のジェイムズはバファナという黒人少年と親友になったくらいだから、もともとは黒人への蔑視とか差別意識をとかを抱いてはいなかった。ところが、思春期を迎えた1948年にアパルトヘイトが公式に導入され固定化され、政権によるイデオロギー喧伝、学校教育などでマインドコントロールが全面化されるようになると、アパルトヘイトを正統視する意識や思想に染まっていった。
  そして、レジームの秩序を守る機能をもつ刑務官という職業自体が国家権力装置に属するもので、警察や軍と同様に、当局側のイデオロギーや価値観を徹底的に教育される組織に属し、それに染め上げられる性質のものだった。
  ところが、彼の意識の底には、少年時代にバファナと信頼や友情を築いた経験が生き続けていた。つまり、彼の心理のなかで、少年時代の意識や経験がときおり頭を持ち上げるのだ。

  それは、自分の子どもたちの意識や感情を知ったことで、しだいに強まっていった。
  ジェイムズの家族は、休日にケイプタウンにある妻の母親宅を訪ねた。そのとき、ケイプタウンの市街で、黒人の家族を警官隊が襲撃捕縛する場面に出っくわした。黒人家族が身分証(許可証)を携行していなかったため、警官隊は黒人家族に警棒で殴る蹴るの暴虐を加えて逮捕拘禁した。
  そのなかに乳児を抱いた若い女性=母親がいた。警官たちは、彼女にも容赦なく暴力をふるったうえに拉致していった。

  たまたまそれを目撃したジェイムズの子どもたちブレント(男の子)とナターシャ(女の子)が、衝撃を受けた。とりわけ妹のナターシャはひどく怯えて部屋にこもってしまった。
  ナターシャを心配したジェイムズが宥めたが、ナターシャは警官隊の理不尽な暴力に強い嫌悪感を示した。
  「彼らは身分証を持っていなかったから、仕方がないんだ。身分証を持たない黒人を逮捕するのが、警官たちの仕事なんだ」とジェイムズが説明した。
  「あんなことをして、残酷な暴力をふるって、赤ちゃんから母親を奪ったのよ。それなのに警官が正しいの?!」
  身分証を携行しない黒人はテロリストだという当局の論理は、偏見に曇っていない子どもの目は、暴虐のためにする口実でしかないという本質を見抜いていた。

  ジェイムズ自身、その経験から強い衝撃を受けた。バファナと過ごした経験が心に蘇ってきた。
  欺瞞と粉飾を削ぎ落して見つめれば、アパルトヘイトを固守しようとする当局の行動は、要するに黒人を暴力で抑圧し、人間らしい生活を奪い破壊しているだけのことにすぎない。アパルトヘイトに反対する黒人運動がテロリズムだという論理を取り去れば、そういうことになる。
  とはいえ、そのときジェイムズはまだそこまでは考えていない。

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