マンデラの名もなき看守 目次
人種隔離とヒューマニティ
原題と原作
現代の制度たるアパルトヘイト
あらすじ
南部アフリカの植民地化
アパルトヘイト政策
冷戦で生き延びたアパルトヘイト
ロベン島(監獄島)
敵対に引き裂かれた社会
マンデラとの出会い
マンデラの監視
自由憲章
苦悩への共感
募りゆく職務への嫌悪
ジェイムズの孤立
決   意
崩れゆくアパルトヘイト
焦点となったマンデラ
グレゴリーの「復帰」
マンデラ解放への道筋
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募りゆく職務への嫌悪

  ジェイムズは、マンデラの息子テンベの自動車事故死について、公安当局による謀殺の疑いを抱いた。
  事故現場を管轄する警察署に電話を入れて、それとなく謀略の可能性を探ったが、警察は事故の情報については口を閉ざした。おそらく公安当局によって事故の状況や経緯について緘口令が敷かれているようだ。黒人への敵対と抑圧をレジームの最大の正当化理由としている社会では、社会秩序や人びとの関係が軍事化・兵営化され、警察など国家行政側の人間ほど上級権威を怖れ委縮することになるのだ。

  南アフリカ政権は、は黒人との交渉を峻拒してANCの反アパルトヘイト運動を暴力的に弾圧している。これに対抗して、ANCは武装ゲリラ戦や爆弾闘争を展開していた。政府機関の建物や公共施設に爆弾を仕かけていた。人的被害を最小にとどめようという意思は見られるが、それでも、多くの一般民衆も爆発に巻き込まれることがあった。
  こうして、敵対と憎悪の増殖連鎖が生み出されていた。当局や警察、軍の強硬派のなかには、黒人政治犯やその家族の暗殺を大っぴらに叫ぶ勢力がいた。
  こうした状況のなかで、マンデラの息子が免許と車を持っているという情報をつかんだジェイムズが情報部に報告した。だが、当局はその前にその情報を把握していた。ジェイムズはそのことを知らずにいた。
  自分が公安当局に伝えた情報が当局側の極右強硬派に利用されたのではないか。ANCの指導者マンデラを追いつめ苦痛を与えるために、公安当局が息子を暗殺したのではないか。ジェイムズは、そのことを恐れ悩んだ。


  そんなあるとき、収監されている黒人政治犯モツサディあての葉書が届いた。モツサディは近く刑期を終えて釈放されるはずだった。その葉書用紙は、2枚の紙が張り合わせてあって、そのあいだに薄い紙に書かれたANC支部からの秘密連絡が書かれていた。それを発見したのは、ジェイムズの部下だった。
  ジェイムズは、コーサ語で書かれた指示を読みとり、ただちにジョルダーン少佐に報告した。
  「葉書用紙をもとのように貼り戻してモツサディに、気づかなかったふりをして渡せ」という命令が返って来た。
  それから、しばらくして……ジェイムズの休日。彼は自宅の居間で息子のブレントとチェスをしていた。そのときラディオがニューズ速報を報道した。
  「ANCの秘密拠点を捕捉した軍が包囲襲撃したところ、銃撃戦となり、軍は過激派を殲滅した。多くの死傷者が出た。死者のなかには、最近釈放されたばかりのモツサディがいた」と。

  自分が職務を忠実に果たした結果、多くの命が奪われた。軍が逮捕ではなく、抹殺・殺戮を意図していたことは、明白だ。南アフリカ国内ではANCは勢力を拡大し、反アパルトヘイト闘争は広がっていた。だから、当局は見せしめ効果を狙ってANC運動家の拠点を襲撃して殺害した。ジェイムズは自分が当局側の暴力に手を貸していることに嫌悪感を覚えるようになった。
  もちろん、武力闘争を仕かけてくるANCは間違っている。しかし、それを抑止しようとする当局の姿勢も強硬すぎる。暴力と憎悪の自己増殖は止めようがない。そして、自分は当局側の組織の刑務官として暴力と敵対の拡大に加担しているのだ。
  自由憲章は、法の前でのあらゆる人種の平等、政治参加権の平等、公平な分配や平和な社会を求めている。目的は間違ってはいないが、そのための政治闘争の結果は悲惨である。
  この国には憎悪と暴力が満ち溢れてしまった。

  ANCという組織とその武装闘争路線には反感を抱くジェイムズだが、マンデラ個人に対しては、畏敬の念を抱き、対等な人間どうしとしての関係を築こうとしていた。ごく普通の人間としての彼の苦悩も垣間見た。
  彼は、マンデラがどういう人間なのか。何を求めてこれほど過酷な人生を選択したのか。
  ジェイムズはそういうことどもを知りたくて、監視の振りをしながら彼に問いを発し、論争を仕かけた。そのために、自由憲章を読み、疑問や疑念を拾い出した。
  「白人系巨大企業や政府が独占している鉱山・鉱物資産を人びとに分配するということは、私有財産を否定する共産主義ではないか?」というような質問を浴びせた。
  とはいえ、論争、対話が生まれるということは、相手が対等であることを前提にした関係である。批判するにしても、頭ごなしに相手を否定するのではなく、相手の思想や意見を聞くということだから。

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