事件はある日の朝、ニュウオーリーンズの中心街にある金融街で発生した。
金融トレイダーの1人、ジェイコブ・ウッドが金融投資会社に出勤して間もなく、フロアに騒ぎが広まった。銃声と悲鳴が飛び交った。やがて、1人の男がジェイコブの部屋に侵入して彼の頭部に銃弾を撃ち込んだ。ジェイコブは即死だった。
犯人は、つい先日まで同じフロアでともに働いていたデイトレイダーの1人だった。名はペルティエ。
だが、その男はデイトレイディングに失敗して巨額の損失をこうむり失職した。乱暴にたとえると、トレイディング会社はいわば合資会社みたいなもので、トレイダーは無限責任を負う社員のようなものだから、行って以上の損失を出すと社員資格を失ったうえに損害金を弁済する義務を負うことにもなるから、ペルティエは破産状態に追い込まれたも同然だったのだ。
追いつめられた結果、その男は錯乱し、銃を密買して職場に侵入して銃を乱射し11人を殺害し5人に重傷を負わせた。そして、最後に自分の頭を吹き飛ばした。
■デイトレイダー■
デイトレイダー day-traders とは、各自の投資=投機戦略と自己責任にもとづいて、その日(金融市場の営業時間)のうちにあらゆる金融商品――株券、債券、ディリバティヴ、商品先物など――を買い入れてタイミングをはかって売り抜けて利ザヤを稼ぐ仲買人だ。日々に完結する取引きをおこなうからデイトレイダーと呼ばれる。
彼らが勤務する会社は、独立の仲買人たちからなる合名・合資会社というか組合みたいな組織である。トレイダーは各自、自己責任と独立採算にもとづく独立の商人であるが、事務所を構え、彼らを補助する事務員や秘書、クラークなどを雇用するなどの組織運営・経営をおこなうために企業団体を形成している。
リスクの大きなビズネスだから、共同団体を形成して、一定の許容範囲内では損失を穴埋めする資金の融通などで、団体としての信用を組織的に維持し合うことになるが、許容限度を超えるとトレイダーとしての資格を失い、なおかつ無限責任を負う――損失額を自分だけで背負い込む――ことになる。
だから、日々の利ザヤ稼ぎが仕事だから、損失を出すのは、自分のポストを危うくすることになる。1日当たり、週当たりなど一定の期間に出してもよい損失の限度額が設定されている。損失を出しても、一定期間内にそれを上回る成功をすればいいというわけだ。
だが、回復不能と見なされた損失限度額を超えると、すでに述べたように団体から放り出される――失職、いや資格停止・剥奪というべきか。
トレイダーの報酬は、収益をプールして成果に応じて分配するやり方や、各自が自分の利益を受け取り、事務所経営のための共同費用負担分を拠出する方法など、多様らしい。いずれにせよ、完全な成功(成果)比例型の報酬を受け取る自己責任の世界だという。
そういう世界だから、金融危機の発生の直後には、自殺者が急増するようだ。そして日々、運に見放された多くの脱落者やスピンアウターが続出する。自殺する前に潮時を見て抜け出すのが賢いやり方だという。だが、成功体験をもつと、ギャンブル中毒同様に依存症=中毒になるらしい。