ランキン・フィッチはすっかり追い詰められてしまった。
陪審員団は隔離されたため、脅迫や強請り、買収ができなくなってしまった。勝訴を確実にするためには、ギャビーの言い値で陪審員団を買収するしかない。巨額の出費だ。
しかし、陪審コンサルタントとしての「不敗神話」を維持するためには、何とか銃器メイカー団体に金を出させる算段をするしかない。というのも、ウェンデル弁護士にも陪審評決買収の「商談」が持ちかけられているという情報をつかんでいるからだ。
しかも、法廷での弁論では、ウェンデルの弁舌が冴えまくり、銃器メイカーの側の旗色が徐々に悪くなってきている。
というのも、
銃メイカー、ヴィックスバーグの社長の証言は威圧的で、ひとたび販売して他人の手に渡った銃器が誰によってどう使われようと、それは供給者としての責任ではない、とつっぱね、
合衆国憲法修正第2条には、市民による武装の自由=権利が保証されている!
と吠えまくったのだ。
彼の会社の販売部門は、大口顧客の銃販売店に大量の銃を引き渡したのちに、銃器密売業者が毎月25丁もの銃を購入している事実に気づいていながら、違法な銃販売を回避する手立てを何一つ取ってこなかった。そのことには関知しないというのだ。
こういう論法が、陪審員の多くに違和感や反感をもたらした。
そういう弁論の方向に導いたのは、ウェンデルの手腕だった。
銃器メイカー側の弁護士、ダーウッド・ケイブルは社長を十分説得して陪審員に好印象をもたれるような柔軟で温和な証言(返答)をするように仕向けることに失敗していた。というのも、陪審員団を丸ごとランキン・フィッチが買収すると確信していたから、法廷審理での弁論対策を怠っていたからだ。弁護士のくせに、審理過程で優位に立つための弁論の詰めをすかkり怠っていたのだ。
裁判全体に対して、力づくで方向づけしていたのはランキンだったのだ。銃器メイカーも、これまでの勝訴続きという事態に過信していたので、弁論・審理そのものへの構えが甘くなっていた。剛腕の陪審コンサルタントの暗躍は、弁護士をどんどん無能化してきたというわけだ。
というわけで、ランキ審理過程ンとしては陪審評決を大金で買収するしか手はなくなっていた。
ギャビーの要求では、闇の資金の洗浄や脱税の手口と同じように、グランドケイマン島の銀行を経由する電子送金をおこなわなければならないことになっていた。陪審評決が提示される法廷が開廷時刻までというのが、期限だった。
その送金方法は、財務省――内国歳入庁IRS: Inland Revenue Service :日本の国税庁に当たる――や国務省が重罰(課徴金や長い刑期)を科して禁止しているものだった。もともと陪審評決の買収そのものがきわめて違法性(犯罪性)の強い不法行為なので、犯罪にともなう支払いが違法な方法であることは、当然と言えば当然なのだが。ランキン自身が自らの報酬をそういう闇のルートで動かすこともあった――その場合は何一つ証拠を残さないようにしてきた。
焦ったランキンは、その要求に応じた。
ところが、電子送金の手続きが完了した直後、インディアナ州にいる調査員から緊急電話が入った。
「送金するな。これは罠だ!
インディアナ州ガードナーでの事件を覚えているか。1989年だ。
少年の銃乱射事件でガードナー市が銃器メイカーを提訴した訴訟事件だ。陪審コンサルタントとして仕切ったのは、あなただ。
市は敗訴して破産してしまった。あの事件だ(この件の背景にあるのがその事件なんだ)!」
ランキンが悪辣な手段を駆使して、陪審評決を壟断した事件だった。知らせを受けたランキンは、顔面蒼白になった。
急いで法廷にかけつけた。