さて、ニコラスの部屋が荒らされ放火された事件の現場には、ウェンデル弁護士の陪審コンサルタント、ローレンス・グリーンが居合わせた。彼は、事件の実行犯を目撃していた。ニコラスのアパートメントに居合わせたのは、陪審員団を操ろうと動いているのがニコラスだと気づき、彼に接触をはかろうとしたからだった。
そのことを聞かされたウェンデルは怒りまくった。だが、陪審評決を操作しようとする画策が実際に動いている――しかも暴力沙汰におよぶほどに深刻な敵対の構図がある――ことを思い知ることになった。
ウェンデルは、すでに銃器メイカーの陪審コンサルタント、ランキン・フィッチの力と汚いやり口を見せつけられて、裁判の行方に思い悩んでいた。そこに、ランキンとは別に陪審員団を操ろうと画策する力――ニコラスの動き――がはたらいていることを知った。
そこで、彼を財政的に支援するリベラル派の法律家団体にかけ合って、1000万ドル出させてマーリーに支払い、セレステの勝訴を買い取ろうとした。そして、それはあながち不可能でも的外れででもないことを知った。だが、意外と容易に1000万ドルを集めることができるのを知ると、むしろ「まっとうな法廷闘争」を挑もうと腹がすわった。
しかも、陪審員団は隔離されて、外部の力――少なくともランキン・フィッチ一派――からの影響を受けずに評決に達する見込みが出てきた。「私に運が向いてきた」と思うことにした。
一方、ランキン・フィッチは多数のスタッフを動かして、ニコラス・イースターが何者でどのような来歴の人物なのか、そして、彼のねらいが何なのかを探り出そうとしていた。
そこで、過去の銃器関連の訴訟事件を追跡してみると、ニコラスはいくつかの訴訟で陪審員に選任されようとして動いていた来歴があることをつかんだ。
そして、ニコラスはインディアナ州の法科大学院で頭抜けて優秀な成績を誇る、努力家の大学院生だったことも知った。
調査員が、その大学院でニコラスを指導した教授を訪ねて、ニコラスの経歴について聴取した。すると、ニコラスの顔写真から、彼の本強がジェフリー・ケルであることが判明した。
ジェフリー――愛称ジェフ――はインターンシップで有力な法律事務所でアルバイト勤務したときに、訴訟で勝ち巨額の弁護料報酬を得るために弁護士たちが駆使している裏工作の手口に嫌気がさして、大学院をやめたことがわかった。
名のある法律事務所はロースクール院生のうち成績優秀者をインターンシップ・テンポラリー・ワーカーとして雇用し、法律家資格を得るために必要な経験と知識を積む場を設けることが多い。それは、優秀な法律家を育成する場を提供することによって、院生との結びつきを強めて、ほかのローファームに目移りしないように自らの事務所に囲い込んでしまうのが本当の目的だという。
■インディアナ州ガードナーの事件■
さらに調べを続けると、ジェフはインディアナ州ガードナー市の出身であることが判明した。そのときの住所も突き止められた。
調査員は購入する中古住宅を物色する振りをして、かつてのニコラスの住居(実家)のすぐ近くの家の中年女性に声をかけた。会話するうちに、十数年前、近隣の市立高校で銃の乱射事件が起きて、その女性の長女、マーガレットが射殺されてしまったことを聞き出した。
1人の少年が銃を学校に持ち込んで出会った高校生を銃撃しまくったらしい。犠牲者の1人がマーガレット――愛称マギー――だったのだ。
そのとき、ジェフはマギーの傍らにいたが、銃撃から彼女を守ることができなかったのだという。事件後、ジェフは性格が一変してしまった。自分を出さない性格になった。ひたすら勉学に打ち込んで法律家への道をめざしたという。マギーを助けられなかった償いとして、弱者を救済する弁護士になろうとしたらしい。
そして、マギーの妹がギャビー(ガブリエラ)だった。
ガードナー市当局は住民の意思を受けて、乱射事件の凶器となった銃の製造メイカーを提訴し、無責任に銃器を製造販売した過失責任の賠償を求めた。陪審裁判は途中までは原告(市側)の優位のまま推移した。ところが、結局、銃器メイカー団体に雇われたランキン・フィッチによって脅迫や買収などによって陪審員の評決がひっくり返ってしまった。
その後、裁判に多額の金額を投じた市の財政は破産してしまったという。