序章 世界経済のなかの資本と国家という視点
この章の目次
マルクスの発想では、人類史発展の諸段階は支配的な生産様式に応じて区分されるという。つまり、はるか古代から現代まで、それぞれの歴史的段階は、特定の生産様式を中核=基礎とする社会諸関係の体系をなしているというのだ。
ここで問題となっているのは、中世後期から近代=資本主義への移行過程であり、それ以前の社会構造のなかで生成・成長した資本主義的生産様式がしだいに社会構造の全体への影響力を強め、そして支配的になっていく過程のあり方だ。
さらには、社会的再生産における最優位ないし支配的地位を獲得した資本主義的生産様式が、自ら発達しながらほかの生産様式・生産形態に対してどのような力をおよぼすのかという問題だ。
資本主義的生産様式とそれ以外の生産様式との関係は、じつはマルクス自身によって提起されている。それは《資本》では本源的蓄積というテーマで考察され、《要綱》では前資本主義的生産様式(の解体の歴史)のなかでの資本の蓄積として分析されている。
《資本》には次のような記述がある。
① 世界経済の中核となっていく北西ヨーロッパでの土地経営の変容(貨幣地代の成立と資本家的農業経営の出現、農村共同体の解体)に触れて、
地代が貨幣地代の形態をとるようになり、それゆえまた地代を払う農民と土地所有者との関係が契約関係の形態をとるようになれば――このような転化は概して、世界市場や交易やマニュファクチャーの比較的高い発展がすでに与えられている場合にはじめて可能になるのだ――、必然的に、それまでは農村的制限の外に置かれていた資本家への土地の賃貸も現れてくる。そしていまや、こうした資本家は、都市で獲得した(貨幣)資本や都市ではすでに発達をとげていた資本家的経営様式、すなわち単なる商品、剰余価値領有手段にほかならない生産物の生産を、農村と農業に移植する。このような姿が一般的原則となりうるのは、ただ、封建的生産様式から資本主義的生産様式への移行にさいして世界市場を支配する諸地域だけである〔Das Kapital Ⅲ〕。
②周縁世界の収奪こそが本源的蓄積の主要契機であることを強調して、
アメリカでの金銀産地の発見、原住民の駆逐、奴隷化と鉱山への生き埋め、東インドの征服と掠奪の開始、アフリカの商業的黒人狩猟場への転化、これらのことがらは資本主義的生産の時代の曙光をいろどっている。このような牧歌的過程が本源的蓄積の主要契機なのである。これに続いて、全地球を舞台とするヨーロッパ諸国民の貿易戦争が始まる。それはエスパーニャからのネーデルランドの離脱によって開始され、イングランドの反ジャコバン戦争で巨大な範囲に広がり、中国に対する阿片戦争で今なお続いている。
いまや本源的蓄積のいろいろな契機は、多かれ少なかれ時間的順序をなして、ことにエスパーニャ、ポルトゥガル、ネーデルランド、フランス、イングランドのあいだに振り分けられている。イングランドではこれらの契機は、17世紀末に植民地制度、国債制度、近代的租税制度、保護貿易制度として体系的にまとめあげられる〔Das
Kapital Ⅰ〕。
③周縁部の収奪は工業資本の蓄積の条件であったという文脈で、
植民地制度は貿易や海運を温室的に育成した。〈独占会社〉(ルター)は資本集積の強力なてことなった。植民地は、成長するマニュファクチャーのために販売市場を保証し、市場独占によって増強された蓄積を保証した。ヨーロッパの外部で、直接的な掠奪、奴隷化、強奪と殺戮によって収奪された財貨は、本国に流入してそこで資本に転化した〔Das Kapital Ⅰ〕。
こうした文脈では、資本あるいは資本主義というものが、単に直接的生産過程や製造業の構造だけにではなく、ずっと広く複合的な仕組みに結びつけて描かれている。資本の権力や支配を把握するためには、世界貿易(流通と商業)や国境を超えた金融・信用システム、さらに国民国家の植民地政策、戦争政策などをつうじて世界的規模で富が移転・集積する仕組みの総体が説明されなければならない。
単純な生産過程について説明された資本の概念では、こうした考察はできない。産業資本の再生産を支える原料・製品の世界市場流通(買付・運輸・販売)を担い、コントロールする商業資本の機能、国際的規模で移転・集積される経済的富を貨幣資本(通貨や信用)としてさまざまな産業部門、製造業や商業に配分する金融システム、そこでの権力構造、金融の担い手による産業への支配なども説明されなければならない。
征服戦争や植民地支配などの国家の軍事活動や対外政策――こららはほかの諸国家との関係や世界市場競争を前提する――をも資本蓄積や商品貨幣循環の要因として考察する必要もある。
さらに貿易ないし流通システムそして金融システムの存在様式としての「資本主義」を語る必要がある。むしろ権力の根源はそこにあるというべきだ。
私たちはここで、生産過程の結果としての生産物を販売しその価値を実現するというだけの「受動的な社会活動としての商業=流通過程」ではなく、おびただしい生産過程の集合の総体としての再生産体系、たとえば諸産業の地理的配置、原材料・食糧の供給、生産過程の財務的支配、生産物の品目や品質の管理、生産物の継続的販売経路の開拓と管理などを組織化し統制する商業=流通過程、つまり遠距離商業、世界貿易の意味と役割について、あらためて注目しなければならない。
こうして総体としての再生産過程に視野を広げると、20世紀前半までは、生産過程は流通過程の従属的モメントであり続けてきたことが一目瞭然となる。
世界経済における資本と国家、そして都市
第1篇
ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市
◆全体目次 章と節◆
補章-1
ヨーロッパの農村、都市と生態系
――中世中期から晩期
補章-2
ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
――中世から近代
第3節
西ヨーロッパの都市形成と領主制
第4節
バルト海貿易とハンザ都市同盟
第5節
商業経営の洗練と商人の都市支配
第6節
ドイツの政治的分裂と諸都市
第7節
世界貿易、世界都市と政治秩序の変動
補章-3
ヨーロッパの地政学的構造
――中世から近代初頭
補章-4
ヨーロッパ諸国民国家の形成史への視座
第3章
都市と国家のはざまで
――ネーデルラント諸都市と国家形成
第1節
ブリュージュの勃興と戦乱
第2節
アントウェルペンの繁栄と諸王権の対抗
第3節
ネーデルラントの商業資本と国家
――経済的・政治的凝集とヘゲモニー
第4章
イベリアの諸王朝と国家形成の挫折
第5章
イングランド国民国家の形成
第6章
フランスの王権と国家形成
第7章
スウェーデンの奇妙な王権国家の形成
第8章
中間総括と展望