序章 世界経済のなかの資本と国家という視点

この章の目次

はじめに

1 資本の概念体系について

ⅰ 経済学批判要綱のプラン

ⅱ 度外視された問題群

2 生産様式と諸国家体系をめぐる論争

ⅰ マルクスの本源的蓄積論

ⅱ ローザ・ルクセンブルクの問題提起

ⅲ 生産様式論争

ⅳ 従属論争と新従属論争

ⅴ 構造的暴力と不平等交換

ⅵ 国家導出論争

3 世界システムとしての資本主義

4 「資本の支配」の歴史区分

ⅰ 資本主義はいつ始まったか

ⅱ 資本主義の時期区分

ⅲ 世界経済の長期波動

ⅳ グローバル化のなかの国家

5 世界経済のなかの資本と国家、そして都市

ⅲ 時期区分と世界経済の長期波動

  このように、世界経済の時期区分は長期的スパンで見た構造変動(サイクル)の分析にもとづいている。そこで、世界経済の長期波動に関する理論史についても一瞥しておかねばなるまい。
  理論史の発端はニコライ・コンドラチェフの「長期波動理論」である。彼の見解では、資本主義的世界経済の景気循環は、約40年から60年におよぶ周期をもつ、上昇(繁栄)と下降(停滞)からなる波動サイクルをなすという。
  このような長期的循環を引き起こす物質的基礎には、大規模建設プロジェクト、鉄道建設、港湾建設、大規模土地改良事業、熟練労働者の養成制度など、インフラストラクチャーの〈新設・増設⇒損耗⇒廃棄更新〉のダイナミズムがある。こうしたインフラストラクチャーの耐用年数は長期にわたり、その更新には大規模な投資が必要になる。
  そこで、一定の時期に集中的に投資が行われることになり、その時期からインフラストラクチャーの新設⇒損耗⇒廃棄の波動が始まっていく、と考えるわけだ。
  だが、上昇波と下降波の劇的な転換が起きる理由は、次の点にある。
  大規模なインフラストラクチャーが建設されると、生産活動が活発化し、新たな原料・販売市場を求める競争が激化し、各国民には新たな地域を世界市場のなかに取り込むか、それとも既存の世界市場における勢力範囲を再分割するかという衝動が強まる。
  いずれにせよ、諸国家間の政治的緊張が高まり、軍事的対立が深刻化する。
  ゆえに、軍事的・非生産的出費が増大し、生産的投資に回される資金は減少する。
  ここから、技術開発や製品開発、設備投資の停滞が生じ、長期の景気の下り坂が始まる。
  しかし、下降が一定の水準にまで来れば、新たな技術開発への動きが始まり、新たな技術体系に対応したインフラストラクチャーが形成されていく、ということになる〔cf. Kondratiev〕

  この視点を、ここでの研究に合わせて組み直してみよう。
  特定の資本グループ(国民国家)のヘゲモニーは、世界的規模での資本蓄積競争でのそのグループの最優位を再生産するような枠組みにもとづいている。この枠組みが世界的規模で組織されたインフラストラクチャーであり、それは軍事的・政治的な装置から経済的な装置や金融制度まで、さまざまな制度が含まれている。
  これらの制度を創出するためには、いずれも大規模なプロジェクトをつうじて大規模な資本の集中的投下を必要とする。この集中的投資によって、資金やプラント・生産財、製品、人員、技術知識、兵器体系・軍隊などを国際的に動員、配置、移動させるシステムを組織できる。
  それゆえ、おそらくこのプロジェクトは、覇権を握る資本グループ――覇権国家――のもとに十分な資本が蓄積された時期に集中して行われるだろう。国境の内部にとどまるものもあれば、国境を超えて組織する事業もある。
  これらの大規模な投資が行われるためには、
 ・ すでに国内に巨大な資本が蓄積されていること
 ・ 大規模支出をあがなうだけの今後の資本蓄積が見込める状況にあること
 ・ こうした投資を世界的規模で集中的に管理できるような機関をつくりだせるような国内的ならびに国際的な政治状況にあること
 ・ こうした覇権企図 hegemony-project を有効に妨害する競争相手がいないか、いてもこの企図を支持する国際的力関係があること
というようなことが条件となる。
  その結果、創出されたインフラストラクチャーは、一方でほかの諸国民も利用できる国際的公共財として機能しながら、他方では長期にわたって生産活動や流通活動、軍事活動などでこのグループの最優位の確保に役立ち、あるいはその活動のリスク・コストを減らし、このような秩序の維持に役立つことになる。
  それらの耐用期間は非常に長期にわたるが、それにしても老朽化はまぬがれず、長い期間ののちには代替・更新されことになる。つまり、こうしたインフラストラクチャーの建設⇒利用・老朽化⇒代替・更新(建設)というサイクルが生じることになる。・・・ということになろうか。

  また、ポール・ケネディによれば、覇権国家における資本支出は、生産的投資からしだいに秩序維持のための軍事的=非生産的支出にかたよっていくため、長期的に見ると、覇権の産業的基盤が弱体化していくという〔cf. Kennedy〕。こうして、覇権国家の優位が崩れ、この覇権国家を中心として組織された世界経済の秩序の危機が必然的に発生するというのだ。
  この考え方は、経済的資源の生産能力と軍事支出の関係から〈覇権の掌握⇒確立⇒絶頂⇒衰退⇒覇権の危機⇒覇権の交替〉というサイクルをとらえている。
  とはいえ、現代アメリカ合州国では、軍事支出は最先端技術の開発と産業への応用を効果的に誘導し、合州国資本の資本蓄積と世界経済での最優位と軍事的優位をともに保証するメカニズムの一環をなしているように、つまり合州国の軍事支出は経済的見返りを絶えず引き出しているように見える。
  たとえば、とりわけエレクトロニクス産業や情報テクノロジー産業の product life-cycle は合州国の軍産複合体での技術開発を起点としているのではないだろうか。してみると、軍事部門への財政投資の継続が産業の停滞や危機を招くとは必ずしも言えないように見える。

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世界経済における資本と国家、そして都市

第1篇
 ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市

◆全体目次 章と節◆

序章
 世界経済のなかの資本と国家という視点

第1章
 ヨーロッパ世界経済と諸国家体系の出現

補章-1
 ヨーロッパの農村、都市と生態系
 ――中世中期から晩期

補章-2
 ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
 ――中世から近代

第2章
 商業資本=都市の成長と支配秩序

第1節
 地中海貿易圏でのヴェネツィアの興隆

第2節
 地中海世界貿易とイタリア都市国家群

第3節
 西ヨーロッパの都市形成と領主制

第4節
 バルト海貿易とハンザ都市同盟

第5節
 商業経営の洗練と商人の都市支配

第6節
 ドイツの政治的分裂と諸都市

第7節
 世界貿易、世界都市と政治秩序の変動

補章-3
 ヨーロッパの地政学的構造
 ――中世から近代初頭

補章-4
 ヨーロッパ諸国民国家の形成史への視座

第3章
 都市と国家のはざまで
 ――ネーデルラント諸都市と国家形成

第1節
 ブルッヘ(ブリュージュ)の勃興と戦乱

第2節
 アントウェルペンの繁栄と諸王権の対抗

第3節
 ネーデルラントの商業資本と国家
 ――経済的・政治的凝集とヘゲモニー

第4章
 イベリアの諸王朝と国家形成の挫折

第5章
 イングランド国民国家の形成

第6章
 フランスの王権と国家形成

第7章
 スウェーデンの奇妙な王権国家の形成

第8章
 中間総括と展望