序章 世界経済のなかの資本と国家という視点
この章の目次
近代世界市場での競争のなかで、国民国家はつい最近までは、国内社会に系統的に介入して自国の産業と貿易を組織化し誘導する強力な枠組みをなし、それぞれの地域の資本と国家はそれぞれ単一の国民的ブロックをなしていた。というよりも、国家装置や産業組織、産業政策、関税障壁、ナショナリズム=イデオロギーをつうじて資本は《国民的資本 Ntionalkapital 》に組織されてきた。
とりわけ、第2次世界戦争後に完成された西欧・北米・日本の管理通貨制度とスペンディング・ポリシーは、従属階級への再分配政策をも内蔵し、経済および社会生活を国民的規模 national scale で組織化するための国家介入メカニズムの極致をきわめたものといえる。こうした国家介入をつうじて、国民的規模での社会生活と階級関係の凝集・総括の枠組みは、強化されてきた。
だが、このようなシステムは、第2次世界戦争後、アメリカ合州国ヘゲモニーのもとで、西欧・日本の諸国家がかつての軍事的・政治的単位としての独立性を失い、単一の軍事的・政治的ブロックに編合された時期に出現したものである。
合州国の最優位と介入のもとで資本の国境を超えた移動の障壁が次々にとりはずされ、GATT、IMFや世界銀行など、貿易・通貨・金融政策をめぐる国際的調整のメカニズムが生み出された。
それと並行して、中核地域ヨーロッパではECの統合が進んだ。
そして多国籍企業という形態で生産と流通・分配の国境を超えた統合・組織化が進んできた。
このような状況のなかで、つまり国際化の進展と並行して、あるいは国際化を前提条件として国民国家の介入メカニズムが完成し、国家としての凝集性が頂点に達したのである。つまり、グローバリゼイションと国民国家の介入(ナショナリゼイション)は相互規定的に進行したわけだ。
パラドクシカルとしかいいようがない。
これまで、一定の地理的・社会的空間と住民集合を《国民 nation 》として統合するための手段であった関税障壁はもちろん、産業政策・租税制度などの行政的障壁の解除ないし組み換えが声高にさけばれている。これまで国民的枠組みの内部で組織されてきた「弱者救済・再分配」の仕組みにも、利潤原理や競争原理がもちこまれる一方で、国家は中小企業も含めた国際化を促進する政策を押し進めている。
こうして、国民市場 the national market への外国資本の参入障壁が次々に取り払われていくのにともなって多国籍企業・銀行の活動は活発化し、単一の企業戦略のもとで生産過程・分配過程・消費過程が国境を超えて組織化・統制され、各国の中央政府の統制能力を超えた資金流動・分配のダイナミズムが経済的再生産を左右するようになっている。
国民国家の機能は縮退し、経済生活の国民的規模でのまとまり・結集状態が衰退し始めている。
では、国家は自らの存立基盤であるナショナルな社会的結集を弱めても、グローバル化を促進するのだろうか。
もしそうであるなら、グローバル化を促進し、その結果生ずる危機に対処するための出費がますます肥大化する一方で、財政(課税)基盤であるナショナルなまとまりを掘り崩していくことになるだろう。
このようなパラドクスをどう読み解けばよいのか。
このような文脈で、たとえばEUは、経済・社会生活のトランスナショナリゼイションにもはや対応できなくなった国民国家を補完し、やがてそれに取って代わる政治・行政組織になってくのだろうか。
合州国のような大陸規模の――国境の内部に一種の国際システムをふくむような――国家は、今後も持ちこたえられるのだろうか。
いずれにしても、アメリカの覇権のもとでの世界経済およびその権力システムの変容は、世界経済における資本と国家の関係を構造的に組み換えているように見える。
世界経済における資本と国家、そして都市
第1篇
ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市
◆全体目次 章と節◆
補章-1
ヨーロッパの農村、都市と生態系
――中世中期から晩期
補章-2
ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
――中世から近代
第3章
都市と国家のはざまで
――ネーデルラント諸都市と国家形成
第3節
ネーデルラントの商業資本と国家
――経済的・政治的凝集とヘゲモニー