序章 世界経済のなかの資本と国家という視点

この章の目次

はじめに

1 資本の概念体系について

ⅰ 経済学批判要綱のプラン

ⅱ 度外視された問題群

2 生産様式と諸国家体系をめぐる論争

ⅰ マルクスの本源的蓄積論

ⅱ ローザ・ルクセンブルクの問題提起

ⅲ 生産様式論争

ⅳ 従属論争と新従属論争

ⅴ 構造的暴力と不平等交換

ⅵ 国家導出論争

3 世界システムとしての資本主義

4 「資本の支配」の歴史区分

ⅰ 資本主義はいつ始まったか

ⅱ 資本主義の時期区分

ⅲ 世界経済の長期波動

ⅳ グローバル化のなかの国家

5 世界経済のなかの資本と国家、そして都市

ⅱ 資本主義の時期区分

  こうした方法論に立てば、世界貿易や国際金融を支配する商業資本の役割を決定的な要因と見ることになるから、「産業資本主義⇒金融資本主義」あるいは「自由競争的資本主義⇒独占(または寡占)資本主義」という発展図式を投げ捨てることになる。
  むしろ実際には、資本の世界市場支配は、王権と結びつき独占的特権を付与された大商人・巨大金融家の活動によって始まった。彼らが築いた世界貿易と国際金融を土台=苗床として18世紀以降、製造業の成長と大工業の確立がなしとげられたのだ。
  こうしてみると、市場経済の独占的・ヒエラルヒッシュな構造そのものは(頂点に立つ企業の顔ぶれは変わっても)終始一貫して変わっていない――もとより独占の歴史的特質は変化したが。そして、世界市場の暴力的な争奪と再分割闘争という意味での「帝国主義」は、世界経済の形成当初からの構造的特質なのであり、「独占資本主義段階に対応した(固有の)特徴」ではけっしてない。

  そこで、以上のような文脈においてベン・ファインとローレンス・ハリスは、資本の世界市場循環の歴史的変遷を

① 商品資本の輸出が支配的な時期――15世紀から19世紀後半まで
② 金融資本の輸出が支配的な時期――19世紀末から20世紀中葉まで
③ 生産(工業)資本の輸出が支配的な時期――20世紀後半以降

というように区分している。
  そして、諸国家体系の構造的特徴から見て、次のように2つの時期に区分している。

ⅰ. 20世紀前半まで:
  諸国家がそれぞれ独立の軍事的単位として、あれこれの組み合せの同盟を状況に応じて取り結びながら、対抗・闘争した時代。
  これは上記の①②の時期に対応する。
ⅱ. 20世紀後半:
  合州国の最優位のもとで中核諸国家が軍事的単位としての独立性を失い単一の軍事的同盟に統合され、IMFやGATT、世界銀行などをつうじて国家間調整を行いながら資本の国際化や競争を方向づける時代。
  これは③に対応する。

  こうして、資本の世界市場運動と諸国家体系のそれぞれの形態に即して時期区分を行っている〔cf. Fine / Harris〕。資本の世界運動の形態ないし国際化のパターンと諸国家体系のパターンとを対応させているところが示唆に富んでいる。

  時期区分の問題に関連してウォラーステインは、世界経済の長期波動とヘゲモニー構造の変動に即して、次のような時期区分をしている。

① 14世紀から17世紀におよぶ世界経済の形成期
  中世的秩序の解体からヨーロッパ世界経済および Interstate-system が成立するという文脈のなかで、ネーデルラントのヘゲモニーの確立へ向かう時期
② 17世紀初頭から18世紀中葉におよぶ世界経済の全般的な景気後退と再編成の時期
  世界経済の景気下降のなかで、ネーデルラントのヘゲモニーの衰退から中核諸国家のヘゲモニー争奪戦が展開され、イングランドの最優位が確立していく時期
③ 18世紀中葉から19世紀中葉におよぶ大西洋革命期
  イングランドのヘゲモニーのもとで中核諸国家の植民地争奪戦が繰り広げられる一方で、大西洋貿易システムが発展し、そしてアフリカとアジアが世界経済へ統合される時期
④ 19世紀後半以降の時期
  イングランドのヘゲモニーの衰退が始まり、中核諸国家の覇権闘争のなかから合州国のヘゲモニーが確立し、やがて絶頂から衰退へ向かう時期

  このような見方は、およそ1世紀またはそれ以上におよぶ長期の変動サイクル(世紀変動) secular trend を描きながら世界経済の構造が変動するという理解を前提にしている〔cf. Wallerstein02〕
  そして彼は、世界経済のなかでの覇権国家の上昇と衰退のダイナミズムを描き出すために、次のような局面の変遷を描いている〔cf. Wallerstein03〕

i. 世界経済のなかで産業的(工業的生産力で)最優位に立った国家が覇権を握る局面
ⅱ. 他国の産業的追い上げを受けて産業技術での最優位を失いつつあるため、流通での優位から利潤を引き出そうとして商業的最優位を確保するための投資が優先される局面
ⅲ. 自国の産業的・商業的優位は危機に瀕するが、他国の産業と通商への金融的投資における最優位を確保することで利潤と覇権を維持する。
  しかし産業的・商業的優位が崩れているので覇権の基盤がしだいに掘り崩されていく局面

  この理論は、たしかに世界経済でのヘゲモニー交替のダイナミズムのある側面をとらえてはいるが、法則的な傾向といえるかどうかは今後の検証にまつしかない。
  たとえば、ネーデルラントの産業覇権はその商業的優位、ことに船舶輸送と保管など物流運輸でのネーデルラント商業資本の圧倒的優位、そして金融・与信能力の優越を基盤として確立した。これは船舶や輸送手段の生産技術が抜きん出ていたことを示すのだろうか。
  イングランドの覇権への到達は海洋権力と商業資本の優位が前提となった。その点では、産業的優位の時代に通商的優位の時代が先行している。
  覇権の確立と脱落はウォラーステインの理論に沿っているように見える。とはいえ、商業的優位の時代の後半から金融的優位が重層するするようになり、産業的優位の時代が確立する前に金融的優位の時代に突入したように見える。つまり、産業的優位は完成されることなく、商業資本の1部門として成長してきた(シティの)貨幣取引資本が圧倒的優位を獲得した。
  実際のところ、本格的な産業革命はイングランドでは十分に達成されずに、合衆国とドイツで完成されたのだ。そして、ニコス・プーランツァスの指摘によると、本格的な産業革命は20世紀に展開し今なお続いている〔cf. Poulantzas〕
  大陸国家アメリカの覇権の歴史はもっと複雑だが、世界覇権と産業技術での最優位とをはじめて両立させた国家といえる。
  いずれにしても、産業技術上の最優位を世界貿易・世界分業での優越として実現するためには、通商・物流・金融での国際的優位が不可欠だとはいえる。

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世界経済における資本と国家、そして都市

第1篇
 ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市

◆全体目次 章と節◆

序章
 世界経済のなかの資本と国家という視点

第1章
 ヨーロッパ世界経済と諸国家体系の出現

補章-1
 ヨーロッパの農村、都市と生態系
 ――中世中期から晩期

補章-2
 ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
 ――中世から近代

第2章
 商業資本=都市の成長と支配秩序

第1節
 地中海貿易圏でのヴェネツィアの興隆

第2節
 地中海世界貿易とイタリア都市国家群

第3節
 西ヨーロッパの都市形成と領主制

第4節
 バルト海貿易とハンザ都市同盟

第5節
 商業経営の洗練と商人の都市支配

第6節
 ドイツの政治的分裂と諸都市

第7節
 世界貿易、世界都市と政治秩序の変動

補章-3
 ヨーロッパの地政学的構造
 ――中世から近代初頭

補章-4
 ヨーロッパ諸国民国家の形成史への視座

第3章
 都市と国家のはざまで
 ――ネーデルラント諸都市と国家形成

第1節
 ブルッヘ(ブリュージュ)の勃興と戦乱

第2節
 アントウェルペンの繁栄と諸王権の対抗

第3節
 ネーデルラントの商業資本と国家
 ――経済的・政治的凝集とヘゲモニー

第4章
 イベリアの諸王朝と国家形成の挫折

第5章
 イングランド国民国家の形成

第6章
 フランスの王権と国家形成

第7章
 スウェーデンの奇妙な王権国家の形成

第8章
 中間総括と展望