ところが実際の資本主義的世界は、19世紀前半をみると、こうなっていた。
世界経済は多くの国民国家――王政もあれば共和制もある――や属領、植民地領などに政治的に分割されていて、それぞれの地域と国民の内部には、実に多様な生産様式・生産形態が並存していた。資本の経営活動と権力は、諸国家の存在とその相互関係によって影響されていた。
また、多様な生産様式に対して資本主義的生産様式の支配がどのように貫かれていくかということも説明されなければならない。当然ながら社会階級も多数にわたり、各階級内のグループも複雑だ。
19世紀イングランドの資本の再生産循環は、イングランドの世界市場支配を条件としており、それはシティ・オヴ・ロンドンを中心とした貴族主義的な金融寡頭制や巨大貿易商社の優越、ヨーロッパ諸国家体系、世界経済に組み込まれた諸地域における資本主義的生産様式以外の多様な生産様式(資本=賃労働関係以外の多様な階級関係)を媒介として成り立っていたのである。
マルクスは、これらを意図的に度外視して、最も単純化した姿で、すなわち観念的平均の像として、資本家的経営と資本蓄積の仕組みや趨勢を描きだしたわけだ。ゆえに、資本主義的生産様式は、あたかも社会関係(歴史)の真空地帯にいきなり出現したかのように描かれている。
ところが、マルクス以後150年間、その単純な姿を「資本の本質」として物神崇拝し、先験的な枕詞に使うという不毛が続いてきた。
そして《資本の支配》ということについては、個別経営体(企業)の直接的生産過程での資本家による指揮命令権力からの類推または派生的演繹によって根拠づける方法論が支配的だった。だが、それは「マイクロエコノミー」的視野にとどまっている。
個別の資本家的企業の内部の階級関係がそのまま社会全体の階級構造と権力構造に当てはめられている。マクロエコノミーの階級構造と権力構造は分析されてはいない。
それゆえ、社会総体の文脈での《資本の支配》は少しも論証されていない。さらに、国家の統治は《資本の支配》によって構造的に制約されるけれども、この2つは同じものではないし、それぞれに独自の歴史的文脈をもっている。
個別資本の生産過程は、世界市場的規模にまでおよぶ原料調達や販売経路や金融循環、諸国家の相互関係、諸国家政府の選別的な産業政策などが絡み合った総体としての社会的再生産システムのなかではじめて再生産される。
このようなトータルな再生産システムが組織化され、方向づけられる過程ではどのような権力関係がはたらいているのか。
それは、生産過程から派生的に生じてくるものではない。むしろ、個別企業の原燃料・製品循環や資金循環を上から、そして外から決定的に制約する構造がつねに存在し、その構造のなかで支配的な影響力をもつ権力主体が存在する。そのような構造と権力関係の歴史的変遷を解明すること、それが私たちの研究の目的である。
ところが、現実に叙述された《資本》では、個別企業を取り囲むトータルな再生産体系が個別企業の資本蓄積にとってとりあえず予定調和的に存在するものとして仮定されているにすぎない。叙述されてはいない。
しかしマルクス自身は、《資本》の商品・貨幣論や本源的蓄積論とか《剰余価値の諸理論:Theorien über den Mehrwert》〔cf. Marx 03〕で述べているように、国境をはるかに超えて世界市場で運動する経済活動として資本を想い描いていた。
しかし、それほど巨大で複合的なものの総体を一度に認識できるはずもないので、その出発点として「単純な資本概念」を打ち出したといえる。少なくとも彼自身プランとしては、その限界を自覚していたわけだ。
以上のことから、これからの考察の大まかな作業プランが導き出せる。〈世界経済における資本と国家〉という観点から資本蓄積や資本の支配をより具体的かつ複合的に描きだすために、少なくとも
①世界市場には多様な生産様式(生産形態)が並存しているという文脈
②世界市場が多数の国民国家に政治的に分割されているという文脈
を織り込んで考察しなければならないということだ。これらの文脈を織り込むということは、具体的にどのような視点に立つということか。以下では、この2群の問題をめぐる世界的論争史を追いながら考えてみよう。
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