序章 世界経済のなかの資本と国家という視点
この章の目次
ところで〈世界経済における資本と国家〉というテーマには、資本の戦略的・金融的拠点または交易の管理拠点として〈都市〉というフィールドが入ってくる。
有力な都市は資本の権力の砦として国家の管理を超えて、あるいは国家を利用して直接世界経済にコミットする。このような都市をブローデルにならって〈世界都市 Weltstadt / ville-monde / ville mnondiale / ville globale 〉と呼ぶことにしよう。もっとも、都市は国家にとっても行政的・経済的な拠点でもあった。
私たちは資本の権力体系としての〈世界都市〉――あるいはそれと優位を競うような有力諸都市――を取り扱うことになる。だが、そのような都市は数千を超えるあまたの都市のなかのほんの一握りで、おそらく1%にも満たない少数にすぎない。ほとんどの都市は、近隣のあるいは上位に立つ君侯領主の権力に服していたのだ。
現在では、都市は国民国家のシステムに完全に組み入れられている。おそらく、国家形成の歴史は、都市を国民国家が取り込んでいく、あるいは資本の支配という点では、両者の利害の共同化が進んでいく過程であったはずである。各地域の資本グループは、国家をつうじてそれぞれ国民的ブロックを形成していく。
諸国家体系ができあがると、国家は、世界市場でそれぞれの資本グループが競争・闘争し合うための不可欠の鎧=権力装置となった。資本は国家と一体化していった。
ところが20世紀後半には、中核諸国家はアメリカのヘゲモニーのもとで軍事的単位としての独立性を失い、単一の軍事的ブロックに統合され、またアメリカの最優位を保証するような国際的調整システムを形成し、関税障壁、為替=資本障壁をどんどん解体していった。
そのため、資本の国際的運動が国家によって規制・制約されにくくなった。
このような状況において、国家と並んで、ないしは国家を凌いで、多国籍企業が世界経済の1つの有力な組織化中心となった。企業は、世界的な視野のもとに国境を超えて生産過程・分配過程を組織・管理する。
ということは、企業が国境を超えて生産・流通・消費を組織化するための管理拠点が、通常、世界的な流通網・金融網の結集点である大都市に置かれるということを意味する。
このような都市は、国家の統治システムをはるかに超えて、世界的規模での企業戦略を発動・指揮する。そこに集中した諸企業の資産あるいは金融能力は、国家財政(「並みの国家」の)をも超える規模・力となる。そしていまや個別企業の、また企業間の支配・管理のネットワークが、世界の拠点都市間を結んで張りめぐらされている。
拠点となる諸都市の周りには、それらからの指揮・統制を受けながらあれこれの役割を分担する諸都市がある。こうして、世界的規模で諸都市のあいだの支配=従属関係のヒエラルヒーがつくりあげられる。その頂点に君臨するのは、ヘゲモニー国家の中心都市である。
つまり、多数の諸都市のあいだの世界分業=権力体系が形成されている。
一方で、合州国の最優位のもとで進められた「自由貿易」の国際体制のなかで、中核諸国家の中央政府は「規制緩和」とか「自由化」というスローガンを掲げて企業活動や国際的商品、金融取引に対する統制をますます弱めたり手放したりしてきている。
そこで、このような都市は、もはや国民国家の支配・統御の枠組みにはとらわれずに、行動するようになる。
こうして、国家による保護障壁がなくなったり弱められたりすることで、世界経済の変動にともなう衝撃がより直接的にこのような諸都市に波及するようになる、つまり、都市の生活は、世界経済からの衝撃に対してより無防備になるということかもしれない。世界都市は、こうした打撃への安全保障政策を経験的に学んでいくだろう。
世界経済との直接的コミットメントの一例を考えてみよう。たとえば今日、自由化された国際市場またはオフショア市場は、国家の金融管理から抜け出た貨幣資本の自由な運動(もっと露骨に言えば、投機目当ての企業の好き勝手な資金の流動)の場である。
為替の変動相場制のなかでは、企業はその資産価値の維持ないし増殖のために、何カ国もの通貨のトランザクションを行わざるをえない。そのための情報システムが全世界の諸都市の間にネットワークされている。コンピュータによって24時間自動化された為替取引が、地上から見た太陽の動きとともに、地球を西周りにめぐっていく。
かつては、輸送や通信の速度の限界によって、国境や地域の境界線に沿って日暮れとともに一時休止が訪れたものだが、今や貨幣資本の運動は息つぐ合間もない。
太陽が日付変更線を過ぎるころ、オーストラリアの証券および為替市場が動きだし、間もなく日本や韓国、台湾の市場も目覚める。さらに香港やシンガポールの金融担当者の慌ただしい勤務時間が始まる。中国、インドが続き、極東の日没近くから深夜にかけて、フランクフルト、アムステルダム、パリ、ロンドンの相場が動きだす。さらに半日おいて大西洋をまたいでニューヨークの金融街の喧騒が始まる。
このような経路に沿って動き回る資金の規模は、総額数兆ドルにおよび、もはや単独の国家はもちろん、政府間調整機構によっても制御できないほど巨大になっている。世界金融の独自のダイナミズムが個々の国家の金融市場や財政を翻弄するありさまは、いまや普通の出来事となっている。
こうした金融財務上のリスクを補償するための投資(リスクヘッジ)の総額は膨れ上がり、滞留した資金は金融派生商品市場を生み出す。リスクヘッジは新たなリスクヘッジの原因になる。
世界金融の危機は、もし発生すれば、世界都市の財政を直撃し、「国民経済」の資金循環を歪め、個々の国民国家の財政・金融を一気に押しつぶしてしまうだろう。
だが、世界都市は最近になって出現したわけではない。世界貿易が存在するところには必ず存在した。
世界経済が出現して以来、世界貿易や世界金融の中心地は必ずどこかに存在した。世界的規模での商品・貨幣流通を組織化した企業家や企業はどこかの都市に拠点を構え、商品や貨幣の集積地とし、その時々の限界内で最良の通信・運輸システムの管理センターを設置運営していたのである。
ただし、国家との関係は、時期によってさまざまだった。
国民国家が出現する以前や誕生して間もなくの頃は、世界都市はかなり自由にふるまえたであろう。だが、国家が領土内の経済活動をがっちりと掌握し管理するようになるにしたがって、世界都市は、国家の統制を受け入れざるをえなくなった。
とりわけ20世紀の世界戦争の時期には、都市は国民国家の総動員体制や貿易金融統制にしっかりと組み込まれ、悲惨な場合には、爆撃や砲撃の的になって焦土と化したこともある。
しかし、今や世界都市は再び国家から自立する環境を得た。ただし、国家の保護障壁も弱まったため、世界経済の危険と直面するようになったともいえるが。
してみれば、世界経済での資本の支配を認識するためには、権力拠点としての都市をこれまた世界経済的文脈のなかに位置づけて分析しなければならない。
世界経済における資本と国家、そして都市
第1篇
ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市
◆全体目次 章と節◆
補章-1
ヨーロッパの農村、都市と生態系
――中世中期から晩期
補章-2
ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
――中世から近代
第3章
都市と国家のはざまで
――ネーデルラント諸都市と国家形成
第3節
ネーデルラントの商業資本と国家
――経済的・政治的凝集とヘゲモニー