序章 世界経済のなかの資本と国家という視点
この章の目次
資本蓄積や国家の構造を一国的文脈のなかで説明する方法への批判は、従属理論・新従属理論( dependency theory / neo dependency theory )からも寄せられた。
これらの理論の主題は、
①近代のアジア、アフリカ、ラテンアメリカの経済構造、社会変動、階級闘争などはその国内的な要因ではきわめて不十分にしか説明できないこと
②これら周縁地域のありようは――1970年代までの経験では――中核地域の資本蓄積と国家のダイナミズムによって決定的に制約されていること
③ゆえに、こうした中核地域への従属という文脈から周縁地域の社会構造や政治システムが説明されなければならない
ということにあった。
こうした方法論の先駆はA.G.フランクで、彼は〈中枢=衛星関係 〉という用語でこのような資本主義的世界経済の階層序列構造を説明した〔cf. Frank〕。
たとえば、国際的文脈で見ると、1970年頃までのラテンアメリカの経済構造は、自国に経済的剰余が蓄積するような仕組みではなく、ヨーロッパや合衆国に経済的剰余が流出していってしまうような仕組みになっていた。
現地の支配階級もヨーロッパやアメリカに金融資産を移しがちで、自国の経済的・政治的凝集性を高めたり、生産関係を近代化し従属階級の生活水準を高め、近代化を進めようという利害関心・意識をもたなかった。そして政府の対外的自立性が弱いために、ヨーロッパやアメリカの多国籍企業の利権を制限して自国資本の成長を促進するような政策がとれなかった。
単純化すれば、周縁地域の支配層や統治集団は、中枢からの周縁に対する支配・収奪の仲介者でしかなかった、という見方である〔cf. Frank〕。
さらにこれらラテンアメリカ地域では、首都や有力諸都市が国内の諸地方を過酷に支配・収奪する「国内植民地主義 inner colonialism 」とでもいうべきヒエラルヒーと格差の構造ができ上がっていたと指摘されている〔cf. Stavenhagen〕。
アフリカ出身の理論家たちは、植民地から「独立」したアフリカ諸国家の「国民形成」の実態を問題にした。「国民形成 nation building / national formation 」とは、一定の領土内の住民や経済活動が「国民 nation」としての政治的凝集 political condensation を形成することを意味する。
西ヨーロッパでは、国境の画定(領土の範囲)や住民の結集をめぐる数世紀におよぶ長い闘争の歴史をつうじて国民的凝集を形成してきた。しかし、植民地的従属におかれた地域は、西ヨーロッパ列強間の勢力争いや駆け引きによって勝手に引かれた境界線によって住民が寄せ集められたり分断されたりしてきた。
緯線や経線に沿って直線的に引かれた中東やアフリカ大陸の国境線ほど、この間の経緯を明白に物語る証拠はない。
それ以前の伝統的な部族共同体の区切りや集合は、ほとんど無視されて「人為的に」ヨーロッパ列強の植民地圏が画定されその統治機構がつくられた。伝統的な統治機構が維持されても、それは「宗主国の保護」によってがっちり統制されていた。
こうしたレジームのなかで、欧米に原料や食料を供給するための鉱業やモノカルチャー農業が、現地の住民の需要には無関係に育て上げられていった。過酷なプランテイションや小作制、部族別の差別的待遇、アパルトヘイトなどが、こうしたシステムを支えていたわけだ。現地の住民に必要な食糧は輸入に依存することになった。つまり、欧米の多国籍穀物商社によって統制された世界市場をつうじて供給されるようになった。
こうして、国内の生産と消費の循環は、中核地域の資本や国家の政策によって左右される状況になった。現地の行政・統治機構は宗主国の国家装置の延長部分でしかなかった。
そんな「国境線」や地域構造を前提にして、多くの新興アフリカ国家が「独立」していった。しかし国境は存在しても、国民的な統合性はまだできあがっていなかった。多くの場合、国家装置やエリートは部族の利害(巧妙に強国の権益に絡め取られることが多い)に拘泥して、国民的凝集の核にはなりえなかった。
こうした地域の生産体制や流通機構は旧宗主国や多国籍企業の力にたやすく屈しがちな性格をもっていて、産業保護などによって自国内に富を蓄積できるシステムはなかった。現地のエリートは、近代化のための資金や借款の返済資金をてっとり早く得ようとして、欧米に輸出するための原料鉱物や原料作物の生産に特化して外貨を稼ごうという政策を打ち出した。
だが、石油メイジャーや農産物メイジャーなどと呼ばれる先進国多国籍企業の価格支配や供給経路の独占体制によって組織された世界市場のなかで挫折してしまった。
世界市場での原料作物の価格変動は、とりわけ小規模・零細農民の経営を追いつめ破綻に追い込み、彼らの負債を累積させ、土地所有の大農園への集中をもたらした。世界市場での価格(需給)変動、つまるところ先進国の需要や景気の変動によってもてあそばれたわけだ。
かえって金融的・産業的従属はひどくなってしまった。
「先進諸国」の政府間調整装置として発足した国際的諸装置もまた、このような世界経済の構造を増幅する方向で機能していた。GATTは、幼弱工業や農業の保護政策や関税障壁を除去しようとしてきた。また「低開発諸国」ないし「開発途上諸国」に融資や借款供与を行なうIMFや世界銀行は、援助対象の政府に対して緊縮財政や輸出産業・農業の振興を要求してきた。
緊縮財政は、国内での貧困対策や福祉、幼弱産業の保護などのための予算の削減を意味し、輸出振興は「先進諸国」市場への依存を強め、モノカルチャー化や鉱産物産業への特化を結果することになってきた。結局のところ、国内の産業構造の不均衡や脆弱性を悪化させ、諸階級の貧富格差と敵対を深めてしまった。
このような世界市場での商品貿易の不平等性に注目したのが、S. アミンたちだった。
先進国大都市の快適なオフィスでのたった1時間の労働が南米やアフリカのプランテイション農園での過酷な労働の1週間よりも何倍も高い価値をもつもの、と評価する世界市場のシステムによって、国際的な商品交換は、周縁地域から中核諸国への剰余価値の移転をもたらしている。
こうした不平等交換 unequal exchange のメカニズムが、植民地支配や多国籍企業の支配によって仕組まれた第三世界の従属性を深めている、というわけだ〔cf. S. Amin01〕。
世界経済における資本と国家、そして都市
第1篇
ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市
◆全体目次 章と節◆
補章-1
ヨーロッパの農村、都市と生態系
――中世中期から晩期
補章-2
ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
――中世から近代
第3章
都市と国家のはざまで
――ネーデルラント諸都市と国家形成
第3節
ネーデルラントの商業資本と国家
――経済的・政治的凝集とヘゲモニー