序章 世界経済のなかの資本と国家という視点

この章の目次

はじめに

1 資本の概念体系について

ⅰ 経済学批判要綱のプラン

ⅱ 度外視された問題群

2 生産様式と諸国家体系をめぐる論争

ⅰ マルクスの本源的蓄積論

ⅱ ローザ・ルクセンブルクの問題提起

ⅲ 生産様式論争

ⅳ 従属論争と新従属論争

ⅴ 構造的暴力と不平等交換

ⅵ 国家導出論争

3 世界システムとしての資本主義

4 「資本の支配」の歴史区分

ⅰ 資本主義はいつ始まったか

ⅱ 資本主義の時期区分

ⅲ 世界経済の長期波動

ⅳ グローバル化のなかの国家

5 世界経済のなかの資本と国家、そして都市

ⅱ ローザ・ルクセンブルクの問題提起

  西ヨーロッパの資本主義的生産様式がそのほかの生産様式が広く残存する周縁部――アジアやアフリカ、ラテンアメリカなど――を支配し収奪するという問題は、1910年代にローザ・ルクセンブルクが本格的に取り上げるまでは、ほぼ完全に無視されていたようだ。
  ローザは《資本蓄積 Akkumulation des Kapital 》で、マルクスの本源的蓄積論を《資本》における資本蓄積分析の核心の1つとしてとらえ直した。
  彼女は、20世紀初頭までの資本の歴史を総括し、世界経済のスケールで見た場合には資本主義的生産様式による前資本主義的生産様式の支配=収奪、つまり中核地域(西ヨーロッパ)による周縁地域(ラテンアメリカ、アフリカ、アジア)の収奪こそが蓄積の推進力なのだ、という天才的な洞察をおこなった。
  つまり、本源的蓄積は西ヨーロッパによる周縁地域への軍事的侵略、植民地支配と掠奪、資本輸出、不平等な貿易などによって継続していて、それが中核地域での産業資本に豊富な資源と財源を提供している。このような支配=従属関係が持続するような方向で、周縁地域では農奴制、隷農制や奴隷制などの「古い」生産形態が、中核地域での蓄積に従属するように変形されながら維持される。このような構造はヨーロッパの内部にもある、というのだ〔cf. Luxemburg〕

  ただし彼女は、従属諸階級の過小消費による「剰余価値の実現」の困難性を克服するための条件として資本の膨張主義の問題を位置づけているので、私たちは本来の文脈に引き戻さなければならない。
  むしろ、20世紀初頭まで、中核地域での利潤率と拡大再生産の比率・速度がマルクスやローザの想定よりも異常に高かったことが問題なのだ。原因のひとつは、周縁地域の収奪によって中核に移転した経済的剰余が企業や政府財政の収入になったということだ。つまり、剰余価値は過大に実現されていたのだ。原因の2つ目は、技術革新によって不変資本=生産手段の著しい価値低減が生じたことだ。
  ローザもまた、商業と流通を生産過程の補完的ないしは従属的モメントとしてしか理解していなかった。商業はそのなかに、破壊と収奪、軍事的支配、分配形態の強制などの要因を含んでいるのだ。

  とはいえ、彼女の卓見は、約半世紀後にアンドレ・グンダー・フランクやサミール・アミン、ドスサントスらが「従属理論」や「新従属理論」で提示したパラダイムの先駆をなす要素を含んでいた。
  ラテンアメリカやアフリカ、アジアへの西ヨーロッパの軍事的侵略や植民地支配、貿易の強制は、前資本主義的な生産様式が支配的な周縁地域を西ヨーロッパに結びつけて経済的剰余を吸収する仕組みをつくりだした。このような支配と収奪のメカニズムは、周縁地域に「資本=賃労働関係」をもたらすというよりも、旧来のローカルな労働形態での搾取を固定化し、さらに過酷なものにする。
  たとえば、19世紀前半のイングランド綿工業に原料綿花を供給したのはアメリカの奴隷制プランテイションだったし、南北戦争後は、植民地化されたインドの領主制あるいは地主制農園がその役割を引き受けた。また、ロンドンやパリ、フランクフルトの証券市場に流れ込む貨幣資本のかなりの部分が、こうした収奪や掠奪によって手に入れた財貨が姿を変えたものだった。マネーロンダリング(汚い金の洗浄)は、なにも現代の麻薬マフィアが最初に発見した手法ではない。
  このような「持続的な本源的蓄積」は、いうまでもなく国家装置の介入、つまり、むきだしの暴力から洗練された懐柔にまでおよぶ軍事政策や植民地行政などを直接の構成要因としている。そして、ヨーロッパの諸国民国家は、世界市場での勢力圏の拡大や維持をめぐって互いに対抗していた。個々の国家の政策はこのような国家間関係によって制約されていた。
  このような関係は、資本蓄積の不可分の構成要因として説明されなければならない。こうして、多数の生産様式の相互関係とこれまた多数の国民国家の相互関係という2つの問題群が結びつけられた。

  では、こうしたローザの問題提起はどう扱われたのか。一言でいえば、「独占資本論争」「金融資本論争」「帝国主義論争」の陰に埋没してしまった。それらの論争はといえば、マルクスの資本概念の理論構成に内在する限界にはまったく気づかずに、個別的な事例のどれを強調するかという、悪しき経験主義・実証主義に傾いていった。独占資本や金融寡頭制の形成については、抽象的な単純一様な資本主義的生産様式あるいは産業資本主義が論理的に所与と前提されていた。
  ローザが提起した問題は、1960年代後半の「生産様式論争」「従属論争」「国家導出論争」「世界システム論争」によって復活させられる。これらの論争は、ほぼ同時に展開され、相互に重なり合った内容をもっていた。

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世界経済における資本と国家、そして都市

第1篇
 ヨーロッパ諸国家体系の形成と世界都市

◆全体目次 章と節◆

序章
 世界経済のなかの資本と国家という視点

第1章
 ヨーロッパ世界経済と諸国家体系の出現

補章-1
 ヨーロッパの農村、都市と生態系
 ――中世中期から晩期

補章-2
 ヨーロッパ史における戦争と軍事組織
 ――中世から近代

第2章
 商業資本=都市の成長と支配秩序

第1節
 地中海貿易圏でのヴェネツィアの興隆

第2節
 地中海世界貿易とイタリア都市国家群

第3節
 西ヨーロッパの都市形成と領主制

第4節
 バルト海貿易とハンザ都市同盟

第5節
 商業経営の洗練と商人の都市支配

第6節
 ドイツの政治的分裂と諸都市

第7節
 世界貿易、世界都市と政治秩序の変動

補章-3
 ヨーロッパの地政学的構造
 ――中世から近代初頭

補章-4
 ヨーロッパ諸国民国家の形成史への視座

第3章
 都市と国家のはざまで
 ――ネーデルラント諸都市と国家形成

第1節
 ブリュージュの勃興と戦乱

第2節
 アントウェルペンの繁栄と諸王権の対抗

第3節
 ネーデルラントの商業資本と国家
 ――経済的・政治的凝集とヘゲモニー

第4章
 イベリアの諸王朝と国家形成の挫折

第5章
 イングランド国民国家の形成

第6章
 フランスの王権と国家形成

第7章
 スウェーデンの奇妙な王権国家の形成

第8章
 中間総括と展望