さて、王室の弱みを握ったマイケルXは、麻薬密輸・販売、恐喝などを勝手放題に手を染めた。ときには被害者から告訴されて司法当局に捕縛されるが、裁判が始まると、くだんの写真の複写を当局にちらつかせて、検察を腰砕けにしてしまう。
だが、犯罪者の野放し状態は、政府と統治秩序の威信を大いに傷つける。
泣き寝入りをするのがダウンタウンの下層民衆である間はまあ大目に見たが、シティの金融街にも顔のきく資産家(不動産業者)が被害を受けるようになると、ブリテンの特権階級は、突然「公衆の敵=犯罪者を撲滅する」というスローガンを掲げるようになった。支配階級の政治的凝集性を維持するためには、その有力メンバーの利害は守り抜かねばならない。
内閣は軍情報部( MI5とMI6 )に対策を命じた。
もちろん、こうした王室がらみの問題の担当者には、パブリックスクールを経てオクスブリッジで学んだジェントルマン・エリート出身者があてられる。
というわけで、MI5の若手有望株、ティモシー(愛称ティム)・エヴァレットが同僚ともども部長に呼びつけらた。難問だが、組織の階梯を一気に駆け上るチャンスを与えられたわけだ。
部長はティムに
「マルコムXに自分をなぞらえてマイケルXと呼ばせているが、やつはダウンタウンの薄汚い犯罪者だ。だが、やつには『切り札』があるらしい。それをロイズ銀行の貸金庫に隠してあることが判明した。ベイカー街支店だ。
政府が国益や国家機密にかかわるという理由で貸金庫を押収すれば、世間の注目を浴びていしまう。メディアが報道すれば、マイケルX一派が王室のスキャンダルを暴露するネタを流すだろう。そうなっては、藪蛇だ。
要は、マイケルXらにわれわれの関与を知られないように貸金庫の中身を奪い取らねばならん。どうだティム、何か策はあるか」
ティムは正解を答えた。
「たまたま強盗が押し入った銀行の地下貸金庫に例の写真があって、金銀財宝とともに奪われた、ということになればいいんですね。手はあります。では、策を練ることにしましょう」
まもなく、ヒースロー空港の通関検問所で、目を引く若い美女が捕えられた。モロッコから帰国したモデル、マルティーヌ・ラヴだった。荷物検査でバッグから相当量のヘロインが発見されたからだ。向こうで金儲けの手口を吹きこまれて持ち込んだらしい。何の隠蔽や偽装も施さずに。
彼女は麻薬密輸で逮捕されたが、事件と容疑者の身柄は警察・麻薬取締当局からスコットランドヤード上層部を経て軍情報部に回された。MI5の担当者、ティム・エヴァレットからマルティーヌは「取引き」を提案された。そして、桁違いの報酬を得ているティムの愛人になった。
マルティーヌははじめから罠にはめられたのかもしれない。彼女の知り合いの小悪党たちに銀行襲撃を持ちかけることを余儀なくさせるために。そのくらいに、MIは周到な情報網を持っているようだ。
公安警察権を保有する組織やその幹部は、情報を得たり、いざというときの捨て駒として犯罪組織ともコネクションを持つという。