ベイカー街のロイズ銀行の隣には、「チキン・イン(鶏のお宿)」というファーストフード店があった。その隣は「ル・ザック(「鞄」「バッグ」)」という革製品店があったが、最近業績不振で店立てを食らっていた。「テナント募集」の掲示が出ていた。銀行までの距離はおよそ40フィート。トンネル掘りには、まるで誂えたような立地条件だ。しかも、地下倉庫があって、銀行を地下から襲うためにはこれ以上の条件はない。
おそらくは、これもMIの手回しだろう。
マルティーヌの提案でこの店を借りて、トンネル掘りを決行することにした。掘削工具は、ガンバスが用意した。その週の金曜日の夜から穴掘りが始まった。
店の表には「ただいま改装中、近日開店、乞うご期待」という看板を掲げた。見せの地下室に6人が集まり、真夜中にガンバスが掘削を開始した。
専門家の仕事は早い。またたくまに、隣の店の中央の地下まで達した。
だが、チキン・インでは地下から振動と騒音が伝わってきたらしく、店員が見に来たり、警察に苦情を持ち込んだらしい。まもなく、巡査の警官が来た。けれども、金持ちそうな店のオウナーの振りをしたガイ少佐が、言葉巧みに警官を丸めこんで追い返した。
店の地下室には、掘り出した土の山があるから、店内に踏み込まれたら一大事である。
テリーは、誰かが店の前にやって来る前に、対応策を取れるように、通りの斜向かいの建物の屋上に見張りを置くことにした。テリーは、従業員のエディ・バートンに見張りの仕事を頼んだ。大金を稼いで会社の借金を返したら、会社の経営を譲るという条件を示して。
翌朝から、エディは寝袋を携行してビルの屋上でキャンピングすることになった。
ところが、店の様子とテリーたち一味の動きを監視する者がいた。ベイカー街の近くの裏通りに1台の車が停まっていた。なかにはMI5のエイジェントたちが乗り込んでいた。
地元の警察が目をつけたら、スコットランドヤードか政府機関の上層部の名を出して、介入するつもりだったのかもしれない。
テリ―たちはもちろん、そんな状況になっていることは知らない。とはいえ、銀行を地下から襲撃するために余りにもお膳立てが整い過ぎていることに関しては、テリ―は若干警戒心を抱き始めていたのかもしれない。