しかし、イヴォンの知るかぎり、いま遊軍となる人員は1人もいません。そこで、恋人のクレールとたった2人で、自転車にまたがって首相府ビル(オテル・マティニヨン)に向かいました。
2人とも、その場所を知りません。とにかくひと気の途絶えたシャンゼリゼ大通りを走っていきます。
やがて、ただ1人、犬を連れて散歩している紳士と出会い、首相府ビルの場所を聞きました。首相官邸は通りの向こう側です。
そこに行くために通りを渡りかけると、近くで銃撃戦が始まりました。銃弾が飛び交います。
仕方なく、イヴォンと恋人は自転車を倒して引きずりながら匍匐し、通りを横切ります。そのまま、首相官邸の門扉まで行って、開門を求めました。
門が開き、なかを見ると、ヴィシー政権の警備隊が待機していました。
イヴォンは「やばい、敵だ」と思いました。
ところが、恋人のクレールが歩み出て、とっさに鞄からトリコロールをあしらった共和国政府の腕章を出してイヴォンに着けさせました。
こうなりゃ、いちかばちかのハッタリだ。イヴォンは命令口調で宣言します。
「共和国政府の名において、この建物を接収する!」
警備隊長の返事は、「承知いたしました。私は前からずっと共和派です」
というわけで、イヴォンとクレールは首相夫妻よろしく、整列した警備隊の前を悠然と歩きながら観閲することになりました。首相府の侍従長が官邸の内部を案内して回ります。
こうして、ドゥゴール派はたやすく首相官邸を手に入れてしまったのです。
傀儡のヴィシー政権はフランス中南部を統治していました。パリは占領するドイツ軍が直轄支配していたので、フランス側の政府組織はどうでもよかったのでしょう。そこは力の空白地区だったようです。
さて、ドイツ西部軍総司令官、モーデル元帥の手許にはヒトラーからの命令が届いていました。
「いかなる犠牲を払っても、パリを死守せよ」。そのため、参謀本部は親衛隊(Sonderschutz)の戦車師団を派遣していたのです。モーデルは、これにさらに2個師団の戦車隊を投入しようとしていました。
ところが、彼自身の混乱と手違いから、1個師団の派遣にとどまり、コルティッツとの連絡にも失敗していたのです。
それだけ、連合軍の圧力が強く、ドイツ軍の防衛戦線があちこちで破れ始めていたのです。
もし、戦車師団の派遣がコルティッツに伝えられ、パリ防衛体制の再構築がはかられたなら、ドイツ軍は市街戦にもち込んでも連合軍に激しく抵抗しようとしたでしょう。そうなれば、その結果、パリは廃墟になったかもしれません。