ところで、エリンは高校生のとき地方都市ウィチタでのミスコンペティション(美女コンクール)で優勝して、ミス・ウィチタになった。美貌と手足の長い抜群のスタイルで、田舎町を席巻した。その後の1年間、ミス・ウィチタとしてショッピングモールのキャンペインや国際親善とか、世界平和や貧国諸国の児童救済のための社会奉仕をこなした。
だが、美貌が災いした。彼女をちやほやする男と結婚したが、生活が破たんした。
しかし、ちやほやされたため、若い時期にエリンは職務能力やキャリアを形成する経験を持てなかった。そういう経緯の結果、いま法律事務所の押しかけ事務員というか調査員をやっているのだ。
さて、エリンはその美貌とスタイルを武器にして調査を始めた。法律事務所の職員とは思えないような露出度抜群の服装が、ここで物を言った。
ラホンタン水道局管理事務所には、若い男の職員がいた。エリンがやって来ると、「美女がやって来た」と浮かれ、彼女にきわめて協力的な態度を示した。エリンは、勤務する法律事務所の調査として、ここの水道に関する資料を全部閲覧したいと申し出た。
こうして、資料室に1人で閉じこもって、自由に必要な資料を探して複写した。水道水含有成分の定期的な検査記録には、つねに、かなり高い濃度の6価クロムが存在していることが記録されていた。
その後も、図書館で新聞記事検索をしたり、専門雑誌を読んだりと、情報を集め続けたが、重要な資料が集まったので、エリンはフィールドワークをする一方で、収集した資料の分析や関連づけを始めた。とはいえ、これまで化学や医学、法律などに関する専門記事を読んだことがないエリンにとっては、大変な作業だった。
その分、彼女は家庭をほったらかし気味にしてしまった。
ある日、ベイビーシッターからベス(赤ん坊)を引き取って帰宅すると、2人の子どもたち――マシューとケイティ――がいなかった。この2人を見ているはずのシッターは家にはいなかった。
家の周りを探すと、何と隣のジョージの家の庭で2人とも楽しく食事をしていた。焼き肉やら野菜やら、ジョージがきちんとした食事を提供していた。ジョージが事情を説明した。
ベイビーシッターが休養だとかで、子どもたちを放り出して帰ってしまった。で、子ども好きのジョージが面倒を見ているというわけだ。
マシューとケイティはすっかりジョージに懐いてしまった。
母親としての仕事を放り出した自分と比べて、いかついジョージは外見とは裏腹に子どものあしらいが巧みだ。そのことでいささかプライドが傷ついたせいで、「私をものにしようとして、子どもたちの面倒を見ても無駄よ。誰も頼んでいないわ」とエリンはつい突っ張ってみた。
ところが、ジョージは「その気はない。子どもが好きだからだよ。俺に子守を頼むと素直に言えよ」と返答。こうして奇妙な信頼関係が成り立って、結局、子守はジョージに頼むことにした。
ジョージは家事と子どもが好きなシンプルライファーで、家で炊事や清掃、子どもの相手をするのが好きなのだ。そして、質素なスロウライフが好みで、まとまった金が必要なときに建設工事現場で働くのだ。建材の組み立てから機械設備や配管まで、何でもござれのエクスパート。
ジョージに偉そうなことを言ったが、エリンはPG&Eによる地下水汚染と健康被害の問題に関する資料を読みこなすのに精いっぱい。というわけで、家では食事中もベッドでも、いつでも必死に関連文書を読みふける。
子どもたちはスポイル気味。ジョージがエリンの家庭を守る守護神となった。