じつは、PG&Eは毎年、ラホンタン郡ヒンクリーの住民に健康診断を受けさせているだけでなく、工場の汚水槽から地中=地下水に滲出したクロムの影響について公開説明会をおこなっていた。
だが、そこで説明されたのは、人体に悪影響のない3価クロムについてだった。6価クロムについては、おくびにも出さなかった。PG&Eの発電工場では3価クロムしか使っていないかのような説明をした。これによって、法律が義務づけている、環境への影響に関する住民への説明の義務をクリアし、その説明から1年が経過すれば、その後の健康被害については補償する義務がなくなるという法の条項の形式的解釈を押し通すつもりだった。
ただし、この条項は、汚染と健康被害についての因果関係の解明をPG&Eがおこなう必要を解除するだけで、住民や医学・化学関係者の解明があれば、PG&Eにはふたたび重い義務やペナルティが課される。しかも、排出物すべてに関して「正しい説明」をおこなっていなければ、説明の義務を果たしたことにはならない。
巨費を投じたテレヴィCMでは美しい言葉を羅列した宣伝を繰り広げている大企業の横暴な資本=利潤の論理の傲岸さよ! ――この点に関して映画は巧みに描いている。
一方、エドワードは、エリンが集めてきたラホンタン郡ヒンクリーの地下水(水道水)汚染に関する資料の抜粋――それでも数十ペイジある――をファクシミリでPG&E本社に送りつけた。もちろん、ジェンセン夫妻の不動産買取り提案の付随資料として。これまで隠してきた違法を鋭く抉る、つまり交渉相手の弱みを突くために。
この問題は、PG&Eがよほどに気にしていた弱点らしい。というのは、ファックスを送信して間もなく、PG&Eは不動産買取り条件の再提示のために、若手弁護士を派遣してきたからだ。
その弁護士は「大企業に雇われた一流法律事務所の弁護士なんだ」という尊大な態度をプンプン臭わせてマスリー法律事務所にやって来た。交渉の席に着くや、買取り価格を25万ドルと提示した。
テイブルを挟んで対峙したエドワードとエリンは、ひどい健康被害のためにこれまで夫妻が支払った医療費と比べれば、その提示額は「すずめの涙」だとこき降ろして、金額の再考を要求した。だが、PG&E側の若手弁護士は、この金額以外での交渉を拒否した。
交渉の席なのに、議論や対話を拒否したのだ。
つまりは、この弁護士はPG&Eとローファームの幹部からは「子どもの遣い」扱いされていて、法律家としての自立的・専門的交渉権を与えられていないのだ。
若い弁護士は、PG&Eの巨大さ――つまり権力ないしは影響力――を誇示して威嚇しようとした。
「PG&Eは230億ドルの資産を持つ巨大企業なんだぞ!」と言い募った。
「そりゃあすごい! なら、もっともっと多額の賠償金を引き出せるじゃないか」と大声をあげたエドワードは、「お前じゃ話にならん。見くびられたものだ」と吐き捨て、弁護士を追い返した。
PG&Eは致命的な急所を突かれたことを恐れながらも、ここで譲ったら、長年積み重ねてきた違法行為と隠蔽・欺瞞が暴かれ、どこまで賠償責任を追及されるかわからない、というわけだ。とにかく弱者の側の要求に対しては威圧して、強硬に突っぱねるに限るという傲岸不遜な態度を見せつけてきたわけだ。