仕方なく、エリンは3人の子どもを連れて調査員としての仕事をするはめになった。でも、少しもめげない。すごいヴァイタリティだ。大きなビルに引っ越した法律事務所にやって来るときも、エリンは3人の子どもを引き連れている。
エリンの苦境を見かねたエドワードは、特別ボーナスを支給した。軽量RV車と5000ドルの小切手を。自宅に送付した小切手には、手紙が添えられていた。
「あの車を使え。そして、この金でベイビーシッターを雇うんだ」と。
だが、子連れで仕事に四苦八苦している姿に信頼感と連帯感を抱く女性もいる。
3人の子連れで訪ねたアナの家。子どもたちを見たアナは、エリンと子どもたちを家に入れて、面談に応じてくれた。そして、これまで住民運動に背を向けてきたのは、以前、孤立した状態でPG&Eと激しくやり合って悲惨な思いをしたことが原因らしい。
「深い憎しみを抱えて子育てを続けることはできなかった。健康被害をもたらしたPG&Eは憎いが、もう恐ろしいことを思い出したくなかったからだ」と語った。
結局、彼女も訴訟団に仲間入りすることを承諾した。
PG&Eは環境汚染の実態を隠蔽したり脅したりして、住民を分断し孤立させ抗議や避難の声を押しつぶしてきた。ところが、今のように汚染と健康被害の状況が暴露され多くの住民が連帯し結集すると、状況は一変する。PG&Eの権力を怖れその圧力に屈していた被害者たちも闘争に参加するようになるのだ。
一方、ドナ・ジェンセンは最新の精密検査の結果、子宮癌と乳癌が発見され、摘出手術を受けなければならなくなった。エリンは、ドナの話し相手になって悩みを聞き取り、励ました。こういう健康危機に追い込まれたのは、彼女だけではなかった。
こうして町の住民あげての運動となり、被害者=原告団体のメンバー数は400を超えた。
ところで、エドワードは、ヒンクリー住民を原告、PG&Eを被告として医療費と損害賠償を求める訴訟を州裁判所に提起した。実際の審理の前に、予備審問として提訴の正当性の審査がある。まずは、これに勝たなければならない。環境汚染や健康被害の深刻さを証明する具体的な数値などの情報・資料によって、提訴内容を審査する裁判官を説得しなければならない。そのためには、エリンの綿密な調査が物を言った。
審査の結論(判決)が出る日がやって来た。
州裁判所のリーロイ・サイモン判事が、住民の代理人弁護士エドワードとエリン)、そしてPG&Eの顧問弁護団を前にして、判決を述べた。
「PG&Eは提訴理由について74もの異議申し立てをおこなったが、いずれも却下し、ヒンクリー住民の訴えを受理する。この事件は法廷で審理されるであろう」と。そのうえに、サイモン判事はヒンクリー近隣の町、ハーストの住民として個人的見解を開陳した。
「環境汚染の防止に対する施策を怠り、しかも住民にクロムは安全だという虚偽の情報を流して、重大な被害を招いたことについて、強い憤りを覚える」と。
裁判日程が決まると、双方の弁護団が会談をおこなった。何を主要な争点とするか、それぞれの立場を明示するためだ。これは、アングロサクスン系慣習法圏では、決闘裁判以来の伝統である。
PG&E側は、住民を和解に応じさせるために2000万ドルの示談金を支払う用意があると提案した。会社のイメイジを悪くするような法廷闘争に持ち込まないために。
これに対してエリンが反論した。
「原告団のメンバーは400人以上いるのよ。そんな端下金をどうやって分けろというの。子宮を摘出されたり、脳腫瘍で動くことすらできない被害者に、そんな金額を渡せというの?!」と突っぱねた。