追い詰められたエリンは、エド・マスリーの法律事務所に乗り込んだ。親子4人が何とか生き延びるための必死の挑戦である。事務所で書類整理の仕事を勝手に始めた。
それを見とがめたエドワードが、エリンを問い詰める。エリンは反論した。
「私が何度電話しても、あなたにつながらない。質問への答えも返ってこない。そんなに多忙で、無能な事務所なら、私が事務職員になってテキパキ仕事をこなさなけばならないはずよ…とにかく雇ってみてよ」と強引に居座った。
エドワードはエリンの勢いに押され、半ばは同情から臨時雇いとした。だが、「福利厚生や医療・年金保険などはなしだぞ」という条件。
お堅い法律事務所に、胸元露わなシャツとおそろしく短いミニスカートの服装でエリンは働く。いくら個性を尊重するアメリカ社会でも、仕事柄、場所柄というものがある。軽薄この上ないような格好のエリンは、ほかの女性たちからも敬遠されている。昼のランチも仲間外れ。だが、エリンは少しも気にしないようだ。
ある日の昼休み、エリンは事務所にただ1人残っていた。そこにエドワードがやって来て、クライアントの不動産取引に関する資料を整理集約してくれと頼んだ。エリンは快く引き受けた。
だが、エドワードは事務所に1人だけ取り残された形になっているエリンが気にかかった。
「何で、1人でここに残っているんだい?」と尋ねた。
「私は新入りだし、誘われないし、なかなか打ち解けないのよね」とエリン。
そこで、エドワードはアドヴァイス。
「君のその服装がだな…この事務所の女性のなかには好ましくないと感じる者が多いんだな。軽薄な女の性的魅力を誇張するみたいな服装が。法律事務所という職場ということもあるから、もう少し職場に合った服装にしたらどうだい」
「ありがとう。でも、余計なお世話だわ。この服装は私に似合っているの。お尻が垂れてきたり、太ったり、この服装が合わなくなったら、別の服装にするかもね」
と、エリンは一向に気にしない。Going my wayである。
で、午後からエリンは、資料の整理を始めた。すると、カリフォーニア南部のある地方に住むジェンセン夫妻の自宅を買い取る民事取引をめぐる文書が出てきた。買取りを申し出ているのは、この州の巨大企業、PG&E(パシフィック・ガス電力供給会社)。そのほかにも、この大会社が土地と不動産を買い取った取引の資料が出てきた。
ところが、それらの文書には、どれにも健康診断記録が添付されていた。
なぜ、どういう経過で、不動産取引の書類に健康診断記録が付けられているのか。エリンには理由が飲み込めない。
彼女は、オフィスクラークとして「ただ言われたとおりに仕事をやればいい」という発想はなかった。弁護士の判断・意思決定がしやすいように資料を系統的に整理しようと考えていた。オフィスワークのキャリアがないからだ。要するに、再分化された分業によって切り縮められた慣行や慣例という偏見・先入観に縛られていないのだ。
で、疑問をオフィスの別の女性職員にぶつけたが、答えてくれるどころか、逆に警告された。
「なぜ、とかいう疑問を私にぶつけないで。それが、この職場のルールってもんよ、わかった?!」と。
こうなりゃ、この取引をめぐってフィールドワークで調べるしかない、とエリンは考えた。そこで、エドワードの部屋に行って、このケイスを調べる許可をもらった。それは、何もわからずに調査を進めるうち、カリフォーニア州全体を沸騰させる大事件にぶつかるきっかけだった。