エリン・ブロコヴィッチ その４
環境汚染と健康被害
エリンは車を飛ばしてラホンタン郡に向かった。そしてジェンセン家を訪ねた。家にはドナ（ピートの妻で２児の母親）がいた。エリンは、エド・マスリーの法律事務所から調査にやって来たと告げて、家に入れてもらった。
エリンはドナに、ＰＧ＆Ｅからこの住宅の買取りの申し出を受けている件について尋ねた。ドナの答えはこうだった。
巨大な工場・発電所をもつＰＧ＆Ｅは、鉄道線路や運搬用道路の引き込み路を建設するために、このあたり一帯の地所を買い取る計画だという。そのために、近隣の住宅を買い取り、住民を移転させようとしている。だが、ＰＧ＆Ｅは買取り価格として提示している金額は、一般相場と比べて著しく低いので、ピートとドナは売る気にはならないのだと。
事情がわかったエリンは、「でも、なぜ、住宅買取りの提案書類に健康診断書（それも精密検査）が添えられているの」と質問した。
ドナの答えは、「ああ、ＰＧ＆Ｅ関係の書類をひとまとめにしておいたから、弁護士事務所にそのまま渡してしまったのよ。ＰＧ＆Ｅはね、毎年、この辺の住民全員に健康診断精密検査をさせて、その医療費を全額支払ってくれるの。いえ、医療保険は使わないで、直接に費用を住民に支給するの」というものだった。
けれども、そもそもＰＧ＆Ｅがなぜ、住民に金のかかる精密検査を受けさせるのか。新たな疑問がわいた。
で、精密検査の内容項目を見てみると、重金属のクロミウム（クロム）の体内残存量とかそれに対応する健康障害の有無などが記載されている。
ＰＧ＆Ｅとクロミウム、そして住民の健康診断…これらの関係について疑問を抱いたエリンは、カリフォーニア大学（ＵＣＬＡ）の化学専攻の教授を訪ねた。
教授は説明した。
クロムは人間の身体に影響を与える。３価のクロミウムは身体にやさしいけれども、６価のクロミウムは健康に甚大な悪影響をおよぼす。皮膚の炎症や呼吸器系器官の障害、そのほかの内臓、生殖器（子宮など）の疾患をもたらし、しかも一定の量が体内に蓄積すると悪性腫瘍や癌を発症させる。つまり、恐ろしい毒性と催奇性を持つのだという。ＤＮＡに侵入して細胞の再生や増殖を歪め、遺伝子を破壊するというのだ。
それでは、なぜ、ＰＧ＆Ｅがクロミウムに関して関心を持つかというと、発電装置のシリンダーやピストン（高温高圧の水蒸気にさらされる）を腐食や酸化（錆び）から保護するために、６価クロミウムの溶液を絶えず潤滑剤として大量に投入するからだ。クロミウムは水に溶けて、工場の排水施設から土壌に浸透し、やがて水源を汚染する。地下水脈をも汚染する。汚染された水脈から、住民の飲み水などの生活用水が供給される。とすれば、住民にクロミウムによる健康障害が発生するはずだというのだ。
日本では各地で、メッキ工場が使用する６価クロム（重クロム酸塩）を含む工場排水によって深刻な土壌や地下水脈の汚染がもたらされ、近隣住民の深刻な健康被害――発癌や手足の麻痺や痛み、鼻孔粘膜の爛れや穿孔、流産・死産など――が問題になってきた。大きな公害訴訟事件になった。
で、ラホンタン郡の水道水源は、この汚染された地下水脈（滞水層）から取られているはずだから、一帯に汚染による深刻な健康被害が出ている可能性が高いだろう、と教授は指摘した。
この環境汚染の証拠を集めるためには、まず郡の水道局管理事務所に行って、資料を見ればいい。水道水の成分検査記録が保存されているはずだ。ただし、そこの職員に、水道水の含有成分の検査記録を調べに来たと気づかれないようにしないと、ＰＧ＆Ｅからの圧力で資料が隠匿される危険があるよ、と教授はアドヴァイスした。
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