《犯罪》の認識論 目次
犯罪捜査の認識論
取り上げる映画作品
私たちの視座
オックスフォード連続殺人
  ヴィトゲンシュタイン
  事件の実体を隠すために
  連続事件の舞台 その1
  連続殺人の舞台 その2
  招き寄せられた惨劇
  マーティンが見出した真実
認識論をめぐる論争
カオス(ケイアス)
  増えていく死体
  背後に潜む策謀
  高跳びするコナーズ
犯罪(捜査)と認識論
一般自然科学と数学
後追い的な真理への接近
ピュタゴラス教団について
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炎のランナー
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バンクジョブ

■連続事件の舞台 その1■

  ところが、ジュリア殺害を「連続殺人」の第一幕として一連の連続殺人に関連づけるためには、ほかに殺人事件が続発しなければならない。セルダム自身は殺人者ではないから、彼自身が連続殺人を引き起こすわけにはいかない――動機はない。
  では、どうするか。
  次の舞台は、街の病院に移る。

  オクスフォードは、中世からの古い町だ。
  700年近く前、フランスのパリやブルターニュで遍歴や研究活動をしていたローマ教会の修道士や神学者(とその弟子たち)は、ブリテンにもキリスト教神学やグレコ・ローマン以来のメタフィジークの研究を広げるために、オクスフォード、次いでケンブリッジに研究者の組合組織――複数のコレギウム(同志的・組合的な研究学寮)――拠点を設立した。
  メタフィジーク Metaphysik, metaphysics とは「形而上学」と訳されるが、かえって意味不明になる。「メタ」とはラテン語で「高次の」「原基的な」「基礎をなす」「ともに」「のちに」という意味の用語で、「フィジーク」とは「自然、自然の法則」「事物・肉体・物体」とかそれらを研究する学問を意味する。したがって、「自然世界の物的な法則の基礎にある根源的法則」やそういうものを研究する学問、たとえば神学とか哲学(認識論・論理学など)を意味する。
  その神学やメタフィジークの研究者組合コレギウム=団体が発展しながら集合してユニヴァーシティ――総合的な研究機関の集合体としての大学――ができ上がった。それらがオクスフォード大学であり、ケンブリッジ大学である。
  ゆえにオクスフォードは、猟奇的な連続殺人が起きそうな因習深い、古臭い雰囲気が漂う地方都市なのだ――辛気臭い町として。
  そこには、才気煥発だが、すぐれた知能ゆえに偏屈で偏狭な者たちも集まる。猟奇的な連続殺人にはもって来いの雰囲気なのだ。

  町の総合病院には、セルダム教授の同僚だった男が長期間収容されていた。その男は大学の教授なのだが、ある事件で植物人間になってしまったのだ。事件とは、精神異常者たちがときどき普通人の論理や推論を超越した洞察や直観を示すメカニズムを知りたくて、実験するうち、自らの脳を鉄の矢で射抜いてしまったのだ。
  この病院にはそのほか、先天的な臓器障害で、移植臓器の提供者=ドナーの出現、つまりは新たな脳死者を待っている少女が入院していた。彼女の父親フランクは、ドナー出現して娘の移植手術が実現するかもしれないという希望を日々失いつつあって、偏屈になっていた。
  また、高齢者人口の比率が高いこの町の病院には、老化によって心身を耗弱させた高齢者が多数収容されていた。

  ある朝、1人の老人患者が死亡した。
  老衰による病状の悪化による死亡と見なされていたが、連続殺人説を掲げるセルダム教授が故人の死体を検めると、肘の内側に注射跡が残っていた。それは治療による注射跡ではなく、個人の体内に何か薬を注入した跡のように見えた。
  警察は、老人の死を2番目の殺人と位置づけて、ジュリア殺害と関連づけて捜査を開始した。
  病院によれば、個人は衰弱が進んでいたために、余命は数週間もないと診断していた。つまり、わざわざこのときに殺す意味のない殺人だった。数週間待てば、必ず死亡してしまう患者だった。


  では、なぜ死期が迫っている老人を殺害したのか。
  まさにセルダム教授に対する挑戦のためでないか。その証拠に、患者の病室には、に続く数列の記号「魚マーク」が残されていた。
  警察は、怪しげな行動をとるセルダム教授を問い詰める一方、彼がいう動機・人物像に沿って捜査を続けることになった。

■怪しげな人物たち■
  古めかしい街、そして優秀な研究者が集う大学都市としてのオクスフォードで起きた不可解な殺人事件。容疑者となりうる怪しげな人物たちも何人か登場する。
  娘のために臓器ドナーを探しているフランクもまた、その1人である。
  彼は、ここで連続殺人を示す記号列の研究に関与したとされる古代・中世のピュタゴラス教団や、中世に心身障害者を臓器移植で治癒するという狂気の発想で人体実験を試みた呪術団体に関する研究書を抱えていた。
  娘のために偏執狂になりかけていた。

  さらにマーティンの研究室の同僚で、ロシアからの数学研究留学生ユーリイ・イヴァノヴィッチという、これまた変人・奇人タイプの若者がいた。
  彼もやはりセルダムに憧れてオクスフォードにやって来たが、教授に対して無視されたうえに「自分の研究成果を横取りされた」という被害妄想を抱くようになっていた。そして、彼は他人とはほとんど交流することもなく、いつも自分の研究(室)に閉じこもっていた。
  あるとき彼は、自分の願望や絶望、セルダムに対する遺恨をマーティンに向かってぶちまけた。ユーリイには、セルダムに挑戦する強い動機があるわけだ。
  何よりも、セルダム教授自身もかなり怪しい。
  事件について深い事柄を知っているようだが、マーティンにも警察にも打ち明けない。何かを隠そうとしている気配がありありだ。

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