ある日、モンターグは通勤モノレイルのなかで若い女性と知り合った。彼女はモンターグの家のすぐ近所に住んでいた。モンターグは民衆を厳格に監視するファイアーマンという仕事についていたため、概して人びとには敬遠されていた。ところが、彼女は自分からモンターグに話しかけてきた。
クラリスは、モンターグの妻リンダと瓜二つの顔立ちだが、髪型はショートヘアだった(リンダは長い髪形)。
小学校の教員になりたいということで、今教員のインターン(見習い)をしている。ところが、政府の検査官との面接試験でうまく答えられなかったので、正式な採用になるか心配だという。
モンターグはクラリスと同じ駅で降りて住宅地までいっしょに歩いた。
クラリスは、まだ防火・耐火設計になっていない古い瀟洒な家に住んでいた。伯父と暮らしているという。
モンターグは、それからも通勤モノレイルでたびたびクラリスと出会い、話をするようになった。
モンターグはファイアーマンという職業についているが、温和で知的な男だった。ことさら出世願望とか権力志向というわけでもなかった。
クラリスは、そんなモンターグになぜファイアーマンなんて仕事に就いたのか尋ねた。モンターグとしては、特別な理由があったわけではなかった。なりゆきだっだ。
やがて、クラリスは読書が好きだということを打ち明け、モンターグに本に興味はないかと聞いた。そのとき、モンターグは書籍は禁止されている非合法なものだから、いままでは読みたいとは思ったことがないと答えた。
だが、ごく少数派の人びとがなぜ、これほど厳しい監視や禁圧・弾圧を受けながら、密かに書籍を保有し貸し借りして読みたがるのかについて、深い疑問を抱くようになった。いや、以前から疑問だったのだが、日常的な意識に上るようになったのだ。