しばらくしたある朝、モンターグは出勤の途中、クラリスに会った。クラリスは、インターン教員として勤務している学校から追い出されそうだと悩みを訴えた。モノレイルを待つあいだ、カフェで相談に乗ることにした。
クラリスによれば、検査官との面接は質問への回答がうまくできなかったし、学校でも周囲の教師たちから圧迫を受けているという。彼女の話からすると、彼女の教え方や生徒への接し方が自由すぎて、周りの教師たちの批難を浴びているらしい。
クラリスは、生徒には教師の言うことに従順に従うことよりも、自発的に物を考えるように指導しているのだが、それが教師集団の反発と生徒たちの拒否を招いているらしい。生徒たちも、多数派の教師たちの影響を受けているようだった。
そこで、クラリスを励ますようにいっしょに学校に行ってみることにした。
ところが、学校に着くと、授業が始まっていて静まり返っていた。質問したり、自分の意見を表明し、意見を交わし対話・討論することがまったくないのだ。つまりは、学校は、子供たちに従順=秩序への服従とか不活発な平穏を押し付けるための装置になっているわけだ。
してみれば、自由に発想して思考するように助言するクラリスが、受け入れられる余地は、もはや学校や公教育制度のなかにはないのだろう。
そのとき廊下を歩いてきた男の子は、クラリスをまるで恐ろしいものを見るかのように怯えた反応を示した。これでは、彼女がここで自分らしく仕事をする可能性はない。
公教育制度の場としての学校は、型にはまった若年集団を「製造している」だけで、自発的・想像的に考え、生きる能力を形成する場ではなくなっていた。子どもたちの個性や好奇心は鈍磨させられ、奪われていくだけなのだ。
そんなわけで、モンターグはオフィスに出勤するのがすっかり遅れてしまった。しかし、モンターグはあまり気にならなかった。というのは、書籍を摘発し焼却することで人びとの精神的・知的自由を抑圧するこの仕事に、すっかり嫌気が差していたからだ。昇進間近だが、そのことも気に入らなかった。