そんなわけで、モンターグは書籍の取締りと焼却に出動すると、隊員たちの目を盗んで、没収した書籍のなかから1冊ないし2、3冊をこっそり持ち帰るようになった。それを自宅に隠匿して、真夜中に読むようになった。
本のなかには何が書かれているのか。本を読むと、人はどういう意識や心理になるのか。それを知るために、自ら試すように読書するようになった。
はじめのうちは文章を読みこなしたり、論理や文脈を追いかけるのに苦労したが、しだいに慣れていくと、文章を読むことで感動したり、深く考えるのが面白くなった。世の中のことや架空の事件を描く物語の筋道を追いかけたり、できごとの原因や背景を考えたり、物事の関係を分析したり・・・と。自分が賢くなっていくと自覚した。そして、世の中のできごとの意味や背景を考えるようになっていった。
そうなると、いままで本を読むこともなく、物事を深く考えなかった生活スタイルが愚かしいものだったと感じるようになった。自分の生活スタイルだけではなく、人びとの、つまりは社会の生活や精神活動のあり方について深い疑問を抱くようになった。疑問はやがて批判や反発に発展していった。
そんなとき、おりしも、妻のリンダがテレヴィで推奨していた快楽のための薬剤を飲みすぎて意識不明になってしまった。モンターグは、その日、帰宅すると居間で妻が倒れているではないか。急いで救急隊を呼び治療を要請した。
救急医療班が駆けつけると、治療装置を使って手際よくリンダの血液をすっかり入れ換えて、蘇生させた。こんな事故はよくあるのだという。医療隊のメンバーは、毎日のように快楽薬の過剰摂取で異常をきたした人びとの血液取り換えに追われているという。
テレヴィや当局の流す情報を疑うことなく鵜呑みにして、目先の快楽を追いかけて生きていく日常生活。モンターグは、いよいよ社会の仕組みや秩序への懐疑を深め、批判的になっていった。
ある日、モンターグは帰宅すると、リンダが近所の主婦たちとテレヴィを見ながらおしゃべりに興じていた。まさにテレヴィが推奨する見本のような「幸福な生活」。それを見て、モンターグは急に腹立たしくなった。
で、批判がましく「人は本を読まなければ愚かなままだ」とか言って、近所の主婦たちを追い出してしまった。リンダはモンターグの一方的な態度に腹を立てた。その頃から、2人のあいだには冷たい心の壁が築かれ始めた。