華氏451 目次
本が燃える日
原題について
時代背景と原作者の問題意識
ファーレンハイト
モンターグ
クラリス
日常性と秩序への疑問と批判
「本とともに死す」
迷うモンターグ
反   逆
「本の人びと」
映像作品としての特徴
原作の物語世界と映画
「核の冬」について
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炎のランナー
医療サスペンス
コーマ
評  決

原作の物語世界と映画

  原作では、世界にはアメリカのような全体主義国家レジームがほかにもあって、それらの国家は利害とイデオロギーで互いに敵対し合っている。アメリカとソ連との冷戦という時代状況を、ブラッドベリーは作品の状況設定に反映させたようだ。
  1950年代には、「自由の抑圧」はアメリカがソ連を批判するさいに用いる有力な攻撃手段だったが、冷戦体制のもとで、アメリカでも政府による自由の制限や言論・思想・表現の抑圧が目立っていた。

  その物語のなかで、やはりアメリカは核兵器を中軸とする大量破壊兵器を開発保有し、敵対するレジームと張り合っている。そして、この敵対関係はエスカレイトして、戦争が勃発しそうな情勢になっている。
  そのゆえにこそ、当局は、民衆の生活や思想・文化への統制・締め付けを強化・厳格化しているのだ。

  これは、当時、合衆国では、マッカーシイイズム――マッカーシー議員らの政派が主導の左翼弾圧――の嵐が吹き荒れていて、反社会主義・反共産主義のスローガンのもとに、リベラル文化人を糾弾弾圧していたという事情を、物語に織り込んだように見える。

  映画作品は、こうした物語の背景(状況設定)をいっさい表現はもとより、説明すらしない。その分、書籍の保有とか読書の自由、思考・思想の自由をめぐる人びとの葛藤が純化されて描かれる。映画については、原作の物語を単純化しすぎているという指摘もあって、それは当たっているとも思う。
  しかし、歴史的背景をオミットしたせいで、主題となっている問題状況が、個々の時代状況を貫通して、あるいは超えて、迫ってくる。だから、いろいろな時代状況と結びつけて考えることができるし、その分、現在でもSFとしての鑑賞に堪える息の長い作品となっているともいえる。


  さて、原作では、モンターグが農村地帯に逃避してからしばらくして、アメリカ全体主義政府はついに敵対的レジームとの戦争を引き起こす。全面核戦争になってしまう。それで、アメリカの大都市は、その全体主義的政府や権力装置・監視機構とともに、核ミサイルの攻撃で崩壊してしまう。
  そこで人類の英知を保存したモンターグたちのイニシアティヴがあるいは発揮される時代が来るような状況になるのかもしれない。

  ただし、1950年代初頭のアメリカの知識人、ブラッドベリーたちは、広島、長崎の悲惨な現実をまだつぶさに知らなかったし、死の灰や残留放射線などの恐ろしさを知らなかった。だから、核戦争のあとに、人類文明の再建やより好ましいレジームへの転換・移行がありうると考えていたふしがある。
  うがった見方だが、それというのも、主人公の名前がモンターグ( Montag :ドイツ語で「月曜日(モンターク)」)であって、神が人類を含む「世界」を創造( Creation )を始める日ということになる。混沌( chaos )から秩序ある宇宙世界( cosmos )を創造していく始まりだ。つまり、人類文明の再建( re-creation )が強く暗示された名前だというしかない。
  ゆえに、政権の中枢と大都市群が核攻撃で崩壊死滅しても、モンターグや「本の人びと」が生き残り、文明の再建に歩む余地が仄めかされているように見える。

  だが、大都市群が崩壊するような核攻撃が起きれば、もはや地球全体の生態系もまた深刻な危機に陥り、生物種の多くもまた死滅するはずだ。
  時代の制約を免れなかったブラッドベリーは、おそらく原作執筆の時点では、そこまで考えてはいなかったはずだ。

  ところが、映画作品が制作された1960年代半ば過ぎには、核戦争の悲惨さや非道徳さ、さらには人類と生態系への破壊力という問題が、かなり国際的に明白になりつつあった。トゥリュフォもまた、被爆した広島や長崎の悲惨さ、放射能による健康破壊の永続的作用についても、ある程度知ってはいただろう。
  ゆえにこそ、原作が示した状況をそのまま歴史的・社会的背景としては取り入れることはできなかった・・・という事情もあったかもしれない。もちろん、あまりにSFめいた状況設定を描くことは、トゥリュフォの好みではなかったということもあるだろうが。だから、映像技術的に困難だったという理由のほかに、もっと主観的ないし方法論的な理由があったのかもしれない。

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