華氏451 目次
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「核の冬」について

  原作では、全体主義国家どうしの敵対が描く戦争に結びつくという状況設定になっているということに関連して、少し余談を続けよう。

  1980年代に、アメリカとヨーロッパ、日本では「核の冬」(核戦争後の地球環境と気候の大変動)の問題が大々的に取り上げられた。少なくとも、当時のインテリの「共通の話題」となり続けていた。
  大都市が崩壊するような核戦争がひとたび発生すれば、放射性物質とか放射能の破壊的な影響のほかにも、巨大な爆発エネルギーによって発生した、熱対流の暴風によって何十億トン、何百億トンもの塵、煤、微塵に破壊された物体の微細な破片が巻き上がり、地球全体に対流伝播して、地表と大気を覆い尽くす。
  やがて、それらの大気汚染物質は太陽光線を遮断して、地表が受け取る太陽光線の熱エネルギーが一挙に減少し、その状態が数十年ないし数世紀は持続する。
  この状態は、白亜紀の終わりに巨大彗星が地球に衝突して、巨大な量の粉塵が地球の対流圏全体を覆い、やがて地表の寒冷化、氷河期をもたらし、かくして恐竜を含むかなりの生物群が死滅していったという変動と同じだ。

  そう、「核の冬」の基本的な発想は、古生物学・生物史の研究の成果から生み出されたのだ。
  ある地層には、普通の地表環境ではおよそ考えられないようなイリジウムの堆積が見られる。イリジウムは、彗星や惑星などの天体の内部深くに分布する金属だ。あるいは、巨大な核戦争とか巨大な量のマグマの噴出をもたらすような大規模な火山活動などがあれば、大量のイリジウムの地表堆積が生起するかもしれないという。
  生物種の大絶滅の原因は、直接には寒冷化による食糧や生存環境の喪失だったようだが、それをもたらした原因は、巨大隕石群の衝突か、プレイトテクトニクスでいう巨大ホットプルームの多発によって大陸の生成ないし消滅が起きるような地殻大変動か、ということになる。
  いや、隕石の質量が十分大きければ、衝突のエネルギーで、地殻とプレイトが破壊され、マントル対流が撹乱されて持続的・大規模な火山活動が起きるだろう。
  この推理が、類推的に核戦争後の地表環境、大気環境の大変動のシミュレイションに持ち込まれた。


  核汚染=放射性物資だけでなく、プルトニウム、ストロンチウム自体の化学的毒性に加えて、大都市に近隣する石油コンビナートも破壊され、高熱にさらされる。爆発炎上によって生じた有毒化学物質や煤煙、粉塵が地表に蔓延する。これもまた、地球への太陽光の入射を阻害する。
  それゆえ、白亜紀の隕石衝突と比肩しうるほどの寒冷化や環境破壊がもたらされる。人間も加えた生物種の絶滅比率もまたかなりのものになるだろう。
  このようなシミュレイションが公表されると、世界の反核運動は増幅され、核廃絶への要求が高まった。このときには、従来のような左派主導の運動という限界を超え出た運動にまで広がった。
  そこには、1970年代のデタントの行き詰まりへの危機感もあった。レイガン政権の新冷戦思想とか軍事宇宙衛星とリンクした軍拡路線(スターウォーズ戦略)への深い危惧もあった。ハイテク技術と深刻な財政危機に陥ったソ連レジームを破綻に追い込むための兵器体系開発競争を仕かけようとしたからだ。

  アメリカは、こうした危機感や批判に答えて、爆発規模のきわめて小さい局地戦向けの「戦術核兵器」を開発した。小範囲の核爆発なら、汚染や生態系の破壊も小さいだろうという発想だったのかもしれない。また、中性子爆弾の実用化も進められた。
  旧来型の核弾頭は、それでもデタントから80年代にかけて、大幅に縮減されていった。

  しかし、まもなくソ連・東欧の社会主義レジームが没落崩壊していくと、レジーム敵対による冷戦構造は消滅していったことから、核兵器に関する問題状況、意識状況は変化していった。
  変化の1つは、ソ連レジームの崩壊が、むしろ旧ソ連の核兵器についての管理体制(軍組織のコントロール)もいっしょに崩壊してしまったことへの危機感だった。いくつかの核兵器や核弾頭は、レジーム崩壊後の混乱のなかで行方不明になってしまった。また、核弾頭を設置したままの兵器装置が劣化していって、放射能漏れによる核汚染が生じた。
  一方、冷戦で勝ち残った「自由陣営」では、旧来型の核兵器を削減していったが、核兵器の数量的現象を補うために新型の核兵器体系に置き換えられていった。

  ところで、ソ連レジームの大半はロシア共和国とCISレジームとして再建され、軍事組織もまた再編された。ただし、「社会主義」という虚偽イデオギーを脱ぎ捨てて、その分、より露骨で率直な姿勢で世界市場競争、利害闘争に参入していった。
  で、核兵器体系そのものは、いく分かは国際的な監視を受け入れてはいる(アメリカやヨーロッパの支援を受けて、核管理体系を近代化・安全化するための条件だったから)が、ほぼ旧ソ連時代の破壊力のほとんどが残されていると見られる。そして、現在はロシアと西側との政治的対立がひどくなったので、ロシアは核兵器管理いついてふたたび閉鎖的になっている。

  今日、インドとパキスタンとが核兵器を開発・保有し、北朝鮮もまた核兵器の保有を仄めかしている。こうした事態については、「闇の国際ルート」で核技術や核物質が移転拡散している現実が背後にあるという。しかも、パキスタンの軍部・情報部は、中央アジア、南アジア、中東の武装反乱組織と結びついているという。
  まだソ連レジームが存在していた頃、アフガニスタンや中央アジアへのソ連勢力の浸透を阻止するために、アメリカが「イスラム系反乱組織(タリバンやアルカイダなどを含む)」への資金や兵器、情報の提供・結託ルートを組織化した。アフガンやパキスタンのテロリズムは、こうした温床から育ったものだという。
  こうしてみると、核兵器をめぐる危険性は、むしろ1980年代よりも増大しているように思える。

  こうして、核兵器の存在が絡むような状況設定にさいしては、現在では比較にならないほど複雑な仕組み・情勢を織り込まなくてはならないようになっている。

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