ヘイスティングズ警察署長は、事態を深刻に受け止め、ビールの自殺をめぐって署内の聞き取り調査をしたところ、担当警官たちの返答態度が不自然だった。そのため、自殺にいたる経緯に関して不信を抱いたことから、刑事部門の責任者のフォイルに捜査――いわば内部監察――を命じた。
フォイルは警視正なので、警察官としての階級は警察署長と同格だ。そこで、署内の組織ではフォイルは署長の部下だが、署長は同格の同僚のように接している。
「内部監察」の要請も、フォイルと仲良くゴルフをしているときのグリーン周りでの親しげな会話のなかでおこなわれた。
さっそくフォイルは収監の担当警官を取り調べた。そして、自慢げにビールへの虐待を語るのを聞いて、担当警官を逮捕させ、収監者への暴虐で刑事責任を問うことにした。
だが問題は、そういうきわめて私的な激情の発露が、あたかも「愛国心」の表現であるかのように思い込んでいる輩が多いということだった。
ところで、ビールに対して兵役拒否申し立てを棄却したうえに収監を命じたローレンス・ガスコインは、経済的に没落しつつある貴族家門の当主で、きわめて保守的な家父長主義者だ。ガスコイン家は、身分を誇るための華美な生活を長年にわかって続け、収入以上に支出し、財政的に追い詰められている家門だ。
ローレンスの考え方は、つまるところ、民衆はつべこべ文句を言わずに国家の政策に従順に従うべきだし、家族にあっては家父長の言い分に子どもたちは従順にしたがうべきだ。だから、当然、一般市民は兵役を受容すべきだし、娘は父親が選んだ相手と結婚すべきだ、ということになる。
ガスコインは法廷でビールに対して「爆撃で傷ついた少女を救護するか」「戦時の灯火管制に従うか」と尋ね、「イエス」という答えを得ると、「つまり君は戦争に協力するわけだ。兵役だけ拒否するのは理屈に合わない」とこじつけのように論駁して、兵役拒否の訴えを退けたのだった。
ガスコインは強硬な権威主義者で、これまで兵役拒否申し立て者の裁判では、ただ1件の例外を除いては、ことごとく訴えを棄却していた。
そして、判事の判決に抗議するビールを法廷秩序紊乱の科で逮捕収監させたのだ。