フォイルはガスコイン家への脅迫やジョウの爆死からローレンス殺害にいたる一連の経緯を解明したうえで、その原因をつくり出した人物を訪ねた。レイ・ブルックスだ。
ブルックスを目の前にして、フォイルは淡々と語り始めた。
「私たちはあなたの息子の所在を探り出しました。
彼は法廷で兵役拒否の申し立てを認められて、あなたの指示で田舎町に隠棲しているのですね。
あなたはガスコイン判事に賄賂として2000ポンドを払って買収したんでしょう。
そうして良心的兵役拒否をみとめてもらったんですね。
判事の買収は重罪ですよ」
レイ・ブルックスは弱々しく、しかし自分の信念に忠実に反論した。
「私は第1次世界戦争で大陸に出兵した。命がけでいくつもの勲功を立てた。
多くの戦友が死んだよ。戦争を終わらせるためにね。
だが、戦場は恐ろしかった。
そうやって、ようやくドイツを叩いて終戦に持ち込んだんだ。
なのに、ふたたびヨーロッパは戦争に突入した。しかも前の戦争で打ち負かした同じドイツが、ふたたび恐ろしい敵になった。
じゃあ、あの戦争は何だったんだ。やっと平和を取り戻したと思ったのに・・・。
そんな無駄なことのために、かわいい息子をあの悲惨な戦場に送るわけにはいかない。
兵役拒否を願ったのは私自身だ」
義勇国防隊で旗振り役を演じていたブルックスは、じつは自分の悲惨な体験にもとづいて反戦思想を抱くようになったのだ。皮肉もここに極まれり、ということだ。
とはいえ、人の子の親としては、そして第1次世界戦争の悲惨な戦場を体験した者としては、それほど奇異なことではない。わが子を死傷する恐れのある過酷な戦場に送るのを避けるための手段があるなら、それを行使したいというのは、いわば当然の心情だ。
だが、国家対国家の全面戦争にあっては、国家はあらゆる市民を戦争遂行に向けて組織化し、強制力を行使する。そして、場合によっては「愛国心」やら排他的な「国民感情」を煽って、若者を戦場に駆り立てることさえある。
第2次世界戦争では、良心的兵役拒否という請願手続きがそもそも認められていなかった日本に比べれば、ブリテンは「良心的兵役拒否」という形で市民の反戦思想を形式的にしろ認めるという点で、はるかにましだった。