いよいよ模擬作戦演習が始まった。
サセックス州の健康な若者の多くがサセックス・ダウンズ一帯に集められた。模擬戦のフィールドとなるダウンズ――草原という意味――には草原のなかに樹林帯や農地が散在していた。ところで、この一帯の大半がこの地の有力貴族家門、ウォーカー家の所有地だった。
防衛隊の幹部は、その日、朝のうちに集会場の一室に集まってハーコート准将から演習の計画について指示を受けた。准将は、実弾を使える地帯と空砲だけを使える地帯を分けて、その境界線上には見張りの隊員を配置して、一般市民の進入を禁止するように命じた。
ゲイムは、サセックス州の南部海岸に上陸したドイツ軍が所定の目的をめざして進軍するのを防衛軍が阻止するというもので、進軍を阻止すれば防衛軍の勝利、目的地に到達すればドイツ軍の勝利とするというものだった。英軍と独軍という2つのグループは着用する制服を別にして、敵味方を識別するようにしていた。
その集会場には審判員としてのフォイルも詰めていて、准将の説明を聞いた後で打ち合わせに参加していた。
するとそこにサイモン・ウォーカーが現れた。誰かを探しているようだったが、フォイルと顔を合わせると、先日の捜査と聴取での無礼をわびた。
しばらくして、集会場から独軍側のグループがデヴリン大尉に率いられて出発した。独軍側の行動はデヴリンの自由裁量に任されているようだ。まもなくフィルビーが英軍側のグループを率いて所定の場所に向かった。
フィルビーは空砲使用区域と実弾使用区域との境界に来ると、ハリーにそこで見張りをするように命じた。そして、残りの隊員の先頭に立って歩き出した。
しかし、軍事教練についてはまったく経験がないようで、周囲を警戒することなく進んでいった。
すると、樹林帯に入ると隊列から2人がこっそり抜け出した。フィルビーはそのことに全く気づかなかった。
やがて、独軍との遭遇・交戦が想定される地点に達すると、フィルビーはその2人に先導と偵察を命じようとして振り向き、2人が隊列から抜け出たことを知った。
ところで、その2人はダウンズ一帯を縄張りとする荒くれ者で、空き巣狙いや窃盗の常習者だった。半年前にはハリーを無理やり仲間に引き込んで、盗みのために住居侵入を試みたが、失敗し、ハリーだけが逮捕されたのだった。
ハリーは、警察による取り調べでこの2人の共犯者については一切語ることなく、ひとりで侵入罪をかぶって服役した。そして、出所後には二度と窃盗はしないと宣言して、2人と縁を切ったのだ。
ところが、2人は地元の新聞でウォーカー邸に何者かが侵入して金庫を破った事件を知った。その手口は明らかにハリーのものだった。
2人は、仲間から抜けたにもかかわらず、自分たちの縄張りのなかで侵入窃盗をおこなったハリーを取っちめようと機会を狙っていた。
そこで、その日の朝、2人でハリーを取り囲んで詰問し殴り飛ばした。だが、その場面を防衛隊の上官であるフィルビーに見つかって叱責されたのだった。
2人が行軍の途中で隊列を抜け出たのは、演習をサボるためだった。あるいは、あとでハリーを再度問い詰めて、盗み出した物を分捕ろうと考えたのかもしれない。