刑事フォイル第7話 目次
作戦演習
女性秘書の転落死
スティーヴン・ベック
ウォーカー邸侵入事件
ハリーとルーシー
子どもたちの資源回収
模擬作戦演習
惨殺されたハリー
殺人事件の捜査
子どもたちの冒険
ベックの極秘任務
デヴリンの戦線復帰
サイモンの狂気
フォイルが仕かけた罠
 
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ベックの極秘任務

  フォイルはその書類を持ってベックに会いに行った。そのときベックはフォイルにヒルダを引き合わせた。
  そして、自らの今後の任務を教えた。
  もう間もなく英国を出てドイツに戻って反ナチの抵抗地下活動を組織する任務に就くことも打ち明けたのだ。この任務のために、上司のヒルダ・ピアースが密航ルートを手配し、ドイツ戦潜入後にはかつて反ナチス活動に一緒に取り組んでいたコミュニストや社会主義者たちに連絡を取ってレジスタンスを組織するつもりだという。危険な任務で、生きて戻る可能性はないとも告げた。
  そして、ヒルダに書類を渡せば、対敵協力の容疑でE&E食品を追い詰めることができるだろうと語った。

  フォイルは書類をヒルダに手渡した。
  しばらくして、ベックは秘密工作任務のためにドイツに赴いた。
  ところが、資本と国家の関係は複雑怪奇で、英国政府はナチス政権との秘密協定の証拠書類を手にしても、E&E食品に対して制裁を加えず、ドイツとの取引も禁止しなかった。
  というのは、レジナルド・ウォーカーは政府にドイツとの貿易を営んでいる事実を自社に都合の良い形で報告していた。貿易の黙認と引き換えに、ドイツの情報を政府に提供することになっているというのだ。
  「決定的に重要な情報は渡さずに、たいして重要でもない情報を小出しに引き渡しているだけよ」というのが、ヒルダ女史の評価だった。
  何しろ、ウォーカー家は大富豪の貴族で、政府や議会のエリートたちのあいだに多くの人脈を保有している。たぶん、巨額の金も動いているだろう。だから、貿易をめぐる政府の規制の匙加減くらい、どうにでもなるというわけだ。

  ヒルダ女史によれば、あの書類だけでは政府にE&E食品に貿易停止を命じ、制裁を加えるために十分な根拠にならないのだという。

  ところで、この物語はフィクションだが、ブリテンに経営本拠を置く食用油を主要商品とする多国籍食品企業とナチス・ドイツ経済との関係が問題となっている。で、この物語を見たときにまず――資本の世界市場運動と国民国家との関係をめぐる歴史を研究していた――私の脳裏に浮かびあがったのが、ユニリーヴァー(会社登記での日本語表記は「ユニリーバ」)だった。この事件は、まさに第2次戦争中のこの多国籍企業の存在状況を問題視しているのだと考えたのだ。

  この企業は、19世紀末頃イギリスの富裕貴族、ウィリアム・ヘスケス・リーバー卿が始めた石鹸会社「リーヴァー・ブラザーズ : Lever Brothers 」と、ネーデルラント王国のマーガリン会社「マーガリン・ユニ : Margarine Unie 」が、20世紀前葉のパーム油不足を契機として1930年経営統合し、「ユニリーヴァー」となった。そのさい、蘭英両本社の取締役会を同一人物で構成することで世界企業としての経営本部としての組織形態を整えた。
  1939年3月には国際決済銀行総裁、ヨーハン・バイエンがユニリーヴァ―の総支配人となって、戦争の危機が迫るヨーロッパでの経営体制を再編しようとした。そのさい、ナチスが支配するドイツでも数多くの大規模工場の経営を継続した。ユダヤ人が経営する企業や団体からしさにゃ経営権を没収・収奪していたナチス・ドイツの経済運営に柔軟に融合し対応していた。

  1939年にドイツがポーランドに侵攻したことから、英仏が対独宣戦布告したあとも、しばらくは多国籍資本として収益と利潤を獲得するために、ドイツの子会社工場を含めたヨーロッパ的規模での経営組織を維持した。そして、まもなく連合諸国と枢軸国の両陣営で敵対諸国の企業への制裁や資産没収などが始まった。
  ドイツのユニリーヴァー子会社は「ドイツ国籍の企業」となり、マーガリンや石鹸などの原料となる食用油という戦略的に重要な物資を生産する企業ということで、ナチスの直接の統制下に組み込まれた。だが、 スイスなどの中立諸国を経由した本部とドイツ工場との取引関係は水面下で継続したという。
  英国政府もユニリーヴァーに制裁を加えることもなかったという。そこには、経済取引を通じて入手できるドイツの社会・経済・軍事に関する情報を政府に提供し、戦争政策を支援するという「正当な理由」があったらしい。

  この物語では、敵対国でも経営活動を継続する多国籍企業の倫理の問題として提起されているが、私は《資本の世界性と国民性》の相関性・撞着の問題として注目している。というのも、エジプトなどの植民地人民にとっては、英国支配の収奪性はナチスのそれよりも過酷だと見なされたからだ。後に対英独立闘争を指導するナセルは、英国の支配と収奪からの解放を支援すると約束したナチス党(国民社会主義ドイツ労働党)に加盟していたというくらいだ。

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