1940年10月のある日、ロンドンでのこと。
ヘイスティングズ出身の若い女性秘書、アグネス・ブラウンが、大企業の本部ビルの高層階から落下して死亡するという事件が起きた。自殺は考えられない状況だった。警察は、偶発的な転落事故として処理し、それ以上の事件性はないものと処理した。
この大企業は富裕な有力貴族が経営していることもあって、政界やスコットランドヤードに強い影響力をおよぼす人脈を持っていたため、警察は踏み込んだ事件捜査ができなかったようだ。
その大企業とはE&E食品――England and Europe Foods ――で、ブリテン全域とヨーロッパ各国、さらには北アメリカで食品製造・販売事業を展開していた。つまり、多国籍企業だ。最高経営者はレジナルド・ウォーカーで、ヘイスティングズにも広大な所領を所有していた。
容赦のない利潤獲得を求める経営者で、食品企業として巨額の利益を手にしていたが、所領=土地も数多くの借地農経営者や小作農民に貸し出して、高い地代・小作料を取り立てて、しこたま利潤を手にしていた。
この会社は戦争相手のドイツでも手広く事業を営んできた。だが、英独の戦争とともに、ナチス党政権は敵対国の企業の国内での経営活動を厳禁し、そのうえ、敵対する国家の企業だとして全経営資産を没収してしまった。
というのは表向きの体裁で、じつはこの企業は中立国スイスにある支社からドイツ政府と企業に大量の食用油を販売していた。
今回、E&E食品は、反ナチス派のヨーロッパ諸国による貿易停止(禁輸措置)によって食用油の供給路を絶たれようとしたドイツに大量の製品を販売する経路を提供し、その契約と引き換えに、ナチス政権によって没収された企業資産を返還してもらったのだ。
この交渉はレジナルドの息子、サイモンが担当した。
交渉は成功して、E&Eフーズはナチス政権から協力者として顕彰され純金製の小箱を授与された。その小箱はもともと、ゲシュタポによって惨殺されたユダヤ人の所有物だったが、惨殺後、ドイツ政府によって没収されたものだった。
この契約によってドイツ本国はもとより、その征服・占領地の食用油市場をE&E食品が独占することになった。この会社は、場合によってはブリテンがドイツに敗戦する場合も想定していた。というよりも、むしろブリテンが敗北する方に賭けていた。
この戦争の勝利者がいずれとなろうとも、会社は戦争中も業績を伸ばし肥え太って、戦争後にはヨーロッパの食品産業の覇権を握ることになるというわけだ。
その日、E&E食品では緊急の重役会がおこなわれた。スイスから帰国したサイモンの報告を受けて、ドイツ政府との取り決めの内容を確認・承諾し、会社の経営方針を決定したのだ。
アグネス・ブラウンは、その会議に秘録係として参加した。
彼女はブリテン秘密情報局のエイジェントとしてE&E食品に秘書として潜入していたのだ。そして、会社がナチス政権と密約を結んだことを知って、会議の直後、情報局の上司であるスティーヴン・ベックに電話報告をしようとした。ところが、この会社の誰かに見つかって、高層ビルから投げ落とされたのだ。