1977年の冬の終わり頃――とはいっても、氷点下20℃になることは珍しくない――、モスクワ市のゴールィキー公園の一角で男性2人と女性1人の惨殺死体が発見された。解け始めた雪のなかから死体の一部がのぞいていたのを巡回していた警官が見つけたのだ。
3人とも胸を銃で撃ち抜かれ、顔面と指先の肉と皮膚が削ぎ取られていた。
異様な惨殺事件はただちに――とはいえ煩雑な官僚制度の手続きをつうじて――モスクワ人民警察に通報された。殺人課のアルカーディ・ワシイリイヴィッチ・レンコ捜査官(大尉:日本の警察の警部に相当)は、同僚とともに、検事局の命令を受けてただちに現場に出向いた。
ところが、現場にはKGBのプルィブルーダ少佐と副官が来ていた。気に入らない展開になってきた。
プルィブルーダは現場の雪原にずかずかと入り込み、死体の上の雪を払いのけた。3つの死体の顔面が現れた。いずれも顔が剥ぎ取られていた。
アルカーディは、殺人の手口も異様だが、この事件には国家保安あるいは外交関係が絡んでいるのだと思った。つまり、被害者か加害者に外国人または政治犯が含まれているのではないか、と。
そういう場合、たいてい司法管轄権の帰属をめぐって組織間でトラブルが起きることになり、そうすると、ただでさえ捜査活動を制約された人民警察は手足を縛られ、屈辱的な結論を飲まされることになる。それを避けようと思うのは当然だ。
面倒な事件はKGBに早めに引き渡したい。トラブルに巻き込まれて、自分の立場が危うくなってはたまらない。
そこで、プルィブルーダに「事件の管轄をKGBに委ねたいが」と提案した。が、そっけなく拒否された。
ところで、アルカーディはプルィブルーダとは深い因縁があった。
2年前に捜査した殺人事件にKGBが絡んでいたのだ。2人の被害者は政治犯で、プルィブルーダが刑務所から連行したまま行方不明になっていた。そこで、アルカーディはKGBに問い合わせたが、「関知せず」とのそっけない返答を受けていた。
無礼な対応にカチンと来たアルカーディは、緻密な捜査を続けて事件の容疑者がプルィブルーダであることを明らかにした。だが、その段階で、上層部の命令で捜査を打ち切らざるをえなくなった。それ以来、少佐とは互いに嫌悪感をぶつけ合う関係になっていた。少佐は、レンコ大尉を失脚させる機会を窺っていた。
人民警察の刑事部門は、検事局の指揮命令にしたがって捜査活動をおこなう。
アルカーディは警察本部に戻ると、モスクワ検事総局長と局長に、現場の状況を報告した。捜査の直接の指揮に当たるのは、イアムスコイ局長だった。彼は、KGBが拒否した以上、あくまで最後までアルカーディが捜査を担当し、真相を突き止めるように指示した。
ソ連の司法制度、検察・警察組織は、軍事組織に準じた編成になっていた。検事総局長は少将クラス、局長は准将または大佐クラス、警部は大尉クラスとなっていたらしい。
どうやら検事局長はKGBと縄張り争いをするだけの政治的な理由があるようだ。アルカーディは、いろいろな方面からの政治的圧力を受けながら捜査を続けるしかないと腹を括った。
原作では、検事総局長はもともとKGBの将軍で、モスクワ検察局を統制するために派遣されているという。そして、イアムスコイ自身も、第2時世界戦争中は軍情報部の少尉でのちにKGB要員となったらしい。映画では描かれないが、じつに入り組んだ複雑怪奇な組織=人事配置ではある。