ゴールィキーパーク 目次
政治体制と職業意識
原題について
見どころ
あらすじ
旧ソ連での刑事政策(犯罪理論)の変遷
  古典的刑法理論
  マルクシズムからの批判
  ソ連の古典的犯罪理論
  抑圧体制と政治犯罪
公園の惨殺死体
捜査線上に浮かんだ面々
検死解剖
女性の顔面の修復
事件捜査への闖入者
イリーナとアルカーディ
3人の被害者
ゴロドキンの悲劇
イリーナの危機
闇のネットワーク
最終決着
  
◆ゴールィキーパークへのオマージュ◆
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女性の顔面の修復

  ところで、検死解剖の立会いから逃げ出す前に、アルカーディは、女性の遺体から首から上を切り離してもらい、それを箱に入れて持ち出した。モスクワの晩冬はまだかなり寒いので、遺体の頭部が腐敗して傷む心配はなかった。
  女性の首を持ったレンコ警部が訪ねたのは、モスクワの人類学研究所だった。その研究所で抜群の業績を誇るアンドレイェフ教授に会うためだった。アンドレイェフ教授は、ソ連科学アカデミーの人類学・考古人類学の最高権威の1人だった。
  教授の飛び抜けた業績は、頭部骨格から完全な(まるで生き写しともいうべき)顔面の容貌・形状を復元する技術だった。

  アンドレイェフは、古今の人類のあらゆる人種・民族・部族の頭部骨格とそれに張り付く筋肉と皮膚の形状を比較分析し、さらにほかの哺乳動物のそれも研究して、膨大な情報を収集体系化した。その結果、ネアンデルタール人であろうが、イロクォイ族であろうが、ロシア人であろうが、タタール人であろうが、頭部の骨格から――筋肉の付き方や脂肪の厚みなどを割り出して――顔面を完全に修復できる技術を確立したのだ。
  アルカーディは、女性の首を持参して、その顔面を復元してもらおうと考えたのだ。ところが、この教授は自分の研究で忙しいうえに、すこぶるつきのワンマン。なにしろ、ソ連ではかなう相手がいないのだから。アルカーディは、無理やり顔面復元を押し付けようとした。

  アンドレイェフははじめは強く拒絶した。が、アルカーディが、第2次世界戦争でナチス軍からモスクワ解放を達成するにあたって大きな勲功を立てた将軍の息子と知ってから、態度が変わった。
  アルカーディの父親のレンコ大佐は、1943年、スターリンの厳命を受け、1個連隊を率いてモスクワを包囲したドイツ軍の背後に回り込み奇襲をかけて、数個師団による包囲網を分断する作戦を成功させた。成功の望みがまるきりないような無謀な決死作戦だったが、冷酷なほどに冷静沈着なレンコは、ドイツ軍の背後を襲い残酷無比の殺戮と殲滅戦を遂行した。
  包囲網分断の通信連絡を受けたそのとき、スターリンはレンコを師団長=少将に昇進させたという。市街地に凱旋したとき、レンコは「同志将軍」と呼ばれた。
  けれども、スターリンの死後、スターリンレジーム批判とフルシチョフ、さらにブレジニェフ派の台頭とともに、レンコ将軍は退役を強いられ、軍の表舞台から追い落とされたのだった。


  その波乱の人生を知るアンドレイェフ教授は、面白がって、レンコ警部の要望を受け入れた。
  そのアンドレイェフが、まず最初に女性の首に施した処置は、死肉を好餌とする大型のハエの幼虫(ウジ)の群をたからせることだった。すなわち、頭蓋骨に付着している肉片をすっかり食い尽くして片付けてもらうためだった。
  わずか数日で、ハエの幼虫は頭骨に付着していた肉片を食い尽くしてしまった。
  それからアンドレイェフは、頭骨のわずかな起伏や溝、湾曲形状を調べながら、顔面にどのように筋肉がついていたか、そして皮膚がどのようにかぶさっていたかを検討しながら、復元していった。

  その結果、出現したのは、北アジアから中央アジアに見られるタタール系の美女、すなわちヴァレーリャ・ダヴィドーヴァの面貌だった。

  考古学と動物体形の復元技術
  ここでは人類学的な手法での、人類の顔面の復元技術が登場したが、骨格化石から古生動物の体形(運動=筋肉の仕組みや皮膚)を復元する作業において驚異的な技術を誇っているのは、古生物学(パレオントロギー)である。
 たとえば、恐竜の骨格化石からその体形を見事に復元する技術。
 もちろんそれは、現生動物の解剖学的分析によって、骨格形状(や強度)と筋肉や運動機能との対応関係をあらゆる点において解析把握した結果、あらゆる生物骨格について、それが生きていたときの運動の様子や筋肉の構造を再現できるようになったことによる。つまりは、生きていたときの体形について再現できるようになった。
 その意味では、死体の骨格から顔面はもちろん、身体全体について形状を復元する最高の技術を誇っているのは生物学、とりわけ古生物学だ。というのは、すでに発見されたわずかないくつかの骨格化石から、未発見の身の部分の骨格を推定して、全身に近いほどの形状の候補をいく通りも再現するからだ。

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